第20話 大陸全土を招いた「香水博覧会(エキシビション)」
かつて鉄の匂いに支配されていたザイフリート領は、今や「世界の中心」と見紛うばかりの変貌を遂げていた。
整備された石畳の街道、清潔な用水路、そして何より、街全体を包み込むジャスミンとローズの芳醇な残り香。
「……信じられん。これが、あの『死の地』だというのか」
博覧会の会場となる中央広場に降り立ったのは、王都からやってきた貴族たち。その中には、ボロボロの経済状況を隠すために無理やり着飾ったジュリアン王太子の姿もあった。
彼の隣では、マギウス教国の審問官マラキが、相変わらず不快そうに鼻を鳴らしている。
だが、彼らが目にしたのは、王宮の舞踏会さえ霞むほどの「富」の光景だった。
巨大なガラス張りの展示館。そこには、エルゼが化学の粋を集めて作り上げた新作香水『永遠の庭』が、宝石のように並べられている。
そしてその横には、ザイフリート領の「実績」を示す巨大な帳簿が、誰でも見られるように掲げられていた。
「年間純利益、金貨十万枚……!? バカな、我が王国の数年分の予算に匹敵するではないか!」
ジュリアンが絶叫に近い声を上げる。
私は、ゲルハルト閣下の腕に手を添え、ゆっくりと彼らの前に進み出た。
「お久しぶりですわ、皆様。……ザイフリート領の『泥遊び』、お口に合いましたかしら?」
私は、これ以上ないほど優雅に、けれど勝利者の余裕を持って微笑んだ。
「エルゼ……! 貴様、こんな不浄な金で何を目論んでいる!」
「不浄? 審問官様、それは聞き捨てなりませんわね。……この金は、領民たちが汗を流し、知恵を絞って生み出した正当な対価です。貴方たちが神の名の下に奪い取ってきた税金とは、重みが違いますのよ」
私の言葉に、周囲の領民たちから誇らしげな歓声が上がる。
今や、彼らは私とゲルハルトを「命の恩人」として、そして「自分たちの誇り」として熱狂的に支持していた。
「ジュリアン殿下。貴方は私を『冷徹な人形』と呼び、追放なさいました。……ですが、この人形が算盤を弾かなければ、王都の灯りが消えるとまでは、お考えになりませんでしたのね」
私は、クララが持ってきた最新の経済報告書を、ジュリアンの足元へ投げ出した。
「王都の国庫は底をつき、貴族たちは香水欲しさに私財を売り払っている。……殿下、貴方が守ろうとした『真実の愛』は、私の香水一瓶ほどの価値も保てなかったようですわね」
「……っ、う、うるさい! 貴様など、私が王命を下せば、いつでも……!」
「――その汚い口を閉じろ、無能」
私の背後から、地を這うような低い声が響いた。
ゲルハルト閣下が、黒銀の甲冑に身を包み、大剣を携えて前に出る。
彼の放つ圧倒的な殺気に、ジュリアンは腰を抜かしてその場にへたり込んだ。
「エルゼは俺の婚約者であり、この大陸の経済を支配する『女王』だ。……貴様ごときが触れていい存在ではない」
ゲルハルトは私の腰を引き寄せ、見せつけるようにその額に口づけを落とした。
「……閣下、皆様の前で恥ずかしいですわ」
「構わん。貴様の価値を理解できない愚か者に、誰が所有者か教えてやっているだけだ」
ゲルハルトの独占欲に、私は小さく笑みをこぼした。
かつての婚約者の前で、今、世界で最も有能で、最も自分を愛してくれる騎士に守られている。
これ以上の「ざまぁ」が、果たしてあるかしら。
「さて、皆様。……博覧会は始まったばかりですわ。……香りと数字が支配する、新しい時代の幕開け。どうぞ存分に、その目に焼き付けてくださる?」
私は、泣きべそをかく王太子と、悔しさに震える審問官を見下し、最高に不敵な微笑みを浮かべた。
最後までお読みいただき、ありがとうございます!
圧倒的な富と権力を見せつけるエルゼ様、そして絶好調のゲルハルト閣下。
王太子が「腰を抜かす」という、なろうの王道カタルシスを詰め込みました。
「エルゼ様の正論パンチが痛快!」「閣下の溺愛が隠しきれてない!」
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次回、ついにマギウス教国との最終決戦。
エルゼの知恵が「奇跡」という名のペテンを暴き、宗教的権威を完膚なきまでに叩き潰します。
お楽しみに!




