第17話 魔法 vs 化学。香りを盗む模倣師たちを論破せよ
「……エルゼ、これを見て。王都の闇市場で出回っている『偽物』よ」
新しく『通商局長』の椅子に座ったクララが、眉間に深い皺を寄せて一本の小瓶を机に置いた。
ザイフリート領産の最高級香水『鉄の薔薇』のラベルを精巧に模したもの。だが、中身の液体はどこか濁り、振ると不自然な燐光を放っている。
「魔法、ですわね?」
「ええ。幻影魔法師を雇って、香りの『記憶』を液体に定着させた代物よ。一瞬の香りは本物そっくりだけど、持続性が皆無。それどころか……」
私は無言で瓶を手に取り、その香りを慎重に嗅いだ。
一瞬、脳を麻痺させるような甘美な芳香。だが、その奥底に――魔力が焦げたような嫌な臭いが混じっている。
「……肌に触れれば魔力中毒を起こす危険がありますわ。魔法で無理やり香りの分子を繋ぎ合わせているから、構造が不安定なんですのね」
魔法は万能ではない。それはイメージを具現化する力であって、物質の「本質」を変えるものではないからだ。
「この偽物のせいで、本物の『鉄の薔薇』の評判まで落ち始めているわ。王都の貴婦人たちが『ザイフリートの香水は呪われている』なんて言い出している。……ねえ、エルゼ。ゲルハルト閣下に頼んで、この魔法師ギルドを物理的に潰してもらう?」
クララが獰猛な笑みを浮かべる。
だが、私は首を横に振った。
「いいえ。武力で黙らせれば、彼らは『真実を隠蔽された』と騒ぎ立てるでしょう。……科学の戦いには、科学の証明をもって決着をつけるべきですわ」
◇
三日後。王都からやってきた模倣品の製造元――新興商会の代表と、その背後に控える宮廷魔法師が、ザイフリート城の広間に呼び出された。
「……我が商会の『魔法香水』を、偽物呼ばわりとは心外ですな。これもまた、伝統ある魔法技術の正当な応用です」
代表の男が鼻を鳴らす。隣に立つ魔法師も、「貴族の泥遊び」を見下すような傲慢な態度だ。
私は、彼らの前に二つの試薬ビンを置いた。
「魔法師様。貴方の『作品』は、一見すれば私の香水と同じ香りがしますわ。ですが、それは単なる『鼻への錯覚』に過ぎません」
「……何だと?」
「私の香水は、植物の精魂を物理的に抽出し、高度な還流によって安定させた『物質』です。一方で、貴方のものは魔力で編み上げられた『幻』。……証明は簡単ですわ」
私は二つの瓶に、ある液体を一滴ずつ垂らした。
私が開発した、魔力に反応して色を変える「リトマス試験紙」の応用薬液だ。
刹那、模倣品の液体が、ドス黒い紫へと変色し、ボフッという音と共に異臭を放ち始めた。
「――っ!? 魔法が霧散した……!?」
「魔力を中和すれば、その香りは維持できません。……そして、見てください。この沈殿物。貴方が香りを固定するために使った魔石の粉末は、人体にとって猛毒です。……これを王都の淑女たちの白い肌に塗り込ませようとした罪、万死に値しますわ」
氷のような私の言葉に、男たちが青ざめて後ずさる。
「法務局長クララ。……いえ、アンハルト商会を通じ、この実験結果を王都中のギルドと社交界に公示してくださる? 『魔法の香水は、美しさを奪う毒である』と」
「ええ、喜んで。……あ、公示の文言には『無能な王太子がこの偽物を推奨していた』という事実も付け加えておくわね?」
クララの追い打ちに、男たちは崩れ落ちた。
理詰めの敗北。彼らが縋っていた「魔法という権威」は、エルゼが持ち込んだ「化学という真実」の前に無力だった。
◇
男たちが衛兵に連行されていった後、広間にゲルハルト閣下が現れた。
彼は私の隣に立ち、少しだけ不服そうに腕を組んだ。
「……やはり、俺が斬り捨てた方が早かったのではないか?」
「閣下、野蛮ですわ。……ですが、ありがとうございます。貴方が後ろにいてくださるから、私は心置きなく『正論』を振りかざせますの」
私が微笑むと、ゲルハルトは溜息をつきながら、私の腰をグイと引き寄せた。
「……。貴様が正論で敵を追い詰めている時の顔は、実に楽しそうだがな。だが、あまり無理をして魔力酔いを起こすな。……少し、顔色が悪い」
彼の大きな掌が、私の額に触れる。
冷徹な議論の後の、不意打ちのような温度。
「……ただの、知恵熱ですわ。閣下こそ、私の計算に口を出したそうなお顔ですけれど?」
「……。ふん、その余裕があるなら大丈夫そうだな」
ゲルハルトは私の額に、軽く、お仕置きのような口づけを落とした。
偽物の香りは消え、広間には再び、エルゼたちが作り上げた「本物」の香りが満ちていく。
大陸全土に広がる「ザイフリート」のブランド。それはもう、誰にも模倣できない領域へと達しようとしていた。
だが、この勝利が、隣国――魔法を国教とする「聖マギウス教国」の逆鱗に触れることになろうとは、まだ誰も予想していなかった。
最後までお読みいただき、ありがとうございます!
「魔法」という安易な力に、「科学」という地道な努力で打ち勝つ。
内政モノにおける「技術の勝利」のカタルシス、楽しんでいただけましたでしょうか?
そして、毒舌コンビ(エルゼ&クララ)の容赦ない追い打ちも、執筆していて爽快でした(笑)。
「エルゼ様の理詰め、最高!」「ゲルハルト閣下の過保護が止まらない!」
と思ってくださった方は、ぜひ【ブックマーク】や【評価】をいただけますと幸いです!
次回、ついに物語は国境を越える!
香水を狙う宗教国家の刺客と、ゲルハルトの「騎士としての真骨頂」が描かれます。
お楽しみに!




