第12話 宣戦布告。王都への香水輸出を「全面停止」いたします
バルトロメウス伯爵が捨て台詞を残して去った直後、ザイフリート城の空気は一気に張り詰めた。
「……エルゼ。王命を拒絶した以上、次は軍が動く可能性がある。この地は要塞だ。守り抜くことはできるが、領民への負担は避けられん」
ゲルハルト閣下が、重厚な地図を机に広げながら言った。その声には、私を戦火に巻き込むことへの苦渋が滲んでいる。
「閣下。時代遅れな戦争など、する必要はありませんわ。……戦わずして勝つ。それが、現代……いえ、私のやり方です」
私は、書き上げたばかりの三通の手紙を、信頼の置ける伝令兵へと手渡した。
「それは?」
「王都の『ガリエラ商会』、および主要な三つの卸業者への通告書です。内容は至極単純。――『本日を以て、ザイフリート領産の香水、およびエッセンシャルオイルの全出荷を、無期限で停止する』というものですわ」
ハンスが横で、あっと声を上げた。
「お嬢様、それは……! 今、王都の貴婦人たちの間では、我が領の香水がなければ夜会にも出られないと言われるほど流行しております。それを止めてしまえば、我が領の収入も……」
「ええ、一時的には減るでしょうね。ですが、飢えるのはこちらではなく、王都の『自尊心』の方ですわ」
私は、窓の外、黄金色に輝く精油の貯蔵庫を見据えた。
「ハンス様。流行とは、飢餓よりも残酷なものですのよ。手に入らないとなれば、欲望は憎悪に変わる。……自分たちの楽しみを奪ったのが、王太子の身勝手な『技術接収』のせいだと知れば、王都の貴婦人たちは黙っていないでしょう」
かつて私を「冷徹」だと蔑んだ、あの社交界。
あそこを支配しているのは、男たちの政治ではなく、女たちの「美」と「虚栄心」だ。
「ジュリアン殿下は、私が泣きながら慈悲を乞うとでも思っていらっしゃるのでしょう。……教えて差し上げますわ。私が管理していたのは、王家の予算だけではないことを」
ゲルハルト閣下が、ふっと短く、愉快そうに笑った。
「……。敵に回すと、これほど恐ろしい女もいないな。だが、それで王都が引き下がるとは思えん。物理的な妨害も来るだろう」
「そのための、二通目の手紙です。隣領のアンハルト商会へ。彼らには、我が領の香水の『独占輸送権』の一部を譲渡する代わりに、国境の物流路を物理的に封鎖していただくよう依頼しましたわ。……クララ様なら、この『商機』を逃さないはずです」
かつての「敵」である聖女・クララ。彼女は私と同じ、極めて有能なリアリストだ。王太子の愛などという不確かなものより、私の提示した「莫大な利益」を確実に選ぶだろう。
「これで、王都は干上がります。香水だけでなく、ザイフリート領が経由していた北方の特産品も、すべて止まる。……一週間後には、バルトロメウス伯爵ではなく、ジュリアン殿下自らがお越しになるでしょうね」
私は、冷めかけたコーヒーを一口飲み、優雅に微笑んだ。
「その時、私はどんな顔で彼を出迎えるべきかしら。……『お久しぶりですわ、無能な殿下』。これでよろしいかしら、閣下?」
「……。貴様がそれで満足なら、俺は何も言わん。だが、その隣には、俺が座らせてもらうぞ」
ゲルハルトが、私の指先にそっと唇を寄せた。
誓いの口づけ。
それはかつて王宮で交わされた儀礼的なものとは違い、共に戦う者への深い信頼と、強い熱を帯びていた。
ザイフリート領から、一斉に伝令が放たれる。
奇跡の香りが消えた王都で、本当の嵐が始まるのは、これからだ。
最後までお読みいただき、ありがとうございます!
「香水の輸出停止」という経済制裁。エルゼの逆襲が本格的に始まります。
自分たちを捨てた場所を、あえて「力」ではなく「価値」で追い詰める。これこそが悪役令嬢の内政の醍醐味です。
「エルゼ様のドSな微笑みが最高!」「ゲルハルト閣下がますます騎士様でカッコいい……」
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次回、香水不足でパニックに陥る王都。
そして、ついに「あの男」が、みっともなく姿を現します。
明日からは1日1話の投稿予定です。
お楽しみに!




