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第11話 成功の裏に潜む影。王都からの不穏な使者

ザイフリート領の空気は、今や鉄の匂いではなく、微かな花の香りと人々の活気に満ちていた。

 新設された香水工場からは、毎日、王都へと向かう馬車が列をなして出発していく。帳簿に並ぶ数字は、もはや私の予想を上回る速さで桁を増やしていた。


「……信じられんな。一ヶ月の税収が、過去十年の合計を超えたぞ」


 執務室で、ハンスが震える手で報告書を捲っている。

 私は窓の外で、新しく敷設された用水路を囲んで笑い合う領民たちの姿を見つめながら、静かに紅茶を啜った。


「当然ですわ。私たちは『ゴミ』を『宝石』に変えたのですもの。市場が独占状態である以上、価格の決定権は常にこちらにあります」


 だが、この順風満帆な状況こそが、最も危険な時でもある。

 豊かになった領地は、飢えた狼たちの格好の標的だ。


 その時だった。

 廊下を激しい足音が駆け抜け、扉が勢いよく開け放たれた。


「閣下! お嬢様! 王都より、国王陛下のお名前を冠した使節団が到着いたしました!」


 伝令兵の叫びに、ゲルハルト閣下が鋭く目を細めた。

 ハンスの顔から血の気が引く。……来たわね。予想していたよりも、数日は早い。


「……通せ」


 ゲルハルトの低い声と共に、数人の騎士を引き連れた、見覚えのある男が部屋に踏み込んできた。

 金色の派手な衣装。見下すような傲慢な笑み。……王太子ジュリアンの側近、バルトロメウス伯爵。私を「無能」と蔑んだ、あの一派の男だ。


「やあ、これはこれは。お久しぶりですな、エルゼ……いや、元・公爵令嬢殿」


 バルトロメウスは、部屋を支配する芳醇な香りに驚きを見せながらも、すぐに嘲笑を浮かべた。


「こんな僻地で泥遊びをしていると聞きましたが……まさか、これほどの大金を稼ぎ出しているとは。王宮も驚いておりますぞ」


「……用件は何だ。挨拶に来たわけではあるまい」


 ゲルハルトが立ち上がる。その巨躯が放つ圧迫感に、バルトロメウスが一瞬怯むが、彼は懐から仰々しく紋章入りの書状を取り出した。


「国王陛下よりの特命です。ザイフリート領で生産されている『新型香水』。これに関する全ての技術および利権を、直ちに王直轄の管理下に置く。また、生産指揮を執るエルゼ殿を、技術顧問として王都へ召還する……とのことだ」


 静寂。

 ハンスが絶望の溜息を漏らす。それは事実上の「略奪」であり、私を再び王都という名の鳥籠に閉じ込めるという宣言だった。


「――笑わせてくださいますわね」


 私が放った冷ややかな笑いに、バルトロメウスの眉が跳ねた。


「……何がおかしい」


「陛下のお名前を借りて、私欲を満たそうとするその魂胆が、ですわ。バルトロメウス様。この香水の技術は、私がザイフリート領の特産品として登録し、ギルドへの特許申請も済ませてあります。たとえ王家であっても、正当な対価なくそれを奪うことは、経済法および貴族法に抵触いたします」


「黙れ! 追放された貴様が、どの口で法を説くか! これは王命だぞ!」


「王命であれば、なおさら手順が杜撰すぎますわ。……それに」


 私はゆっくりと立ち上がり、ゲルハルトの隣に並んだ。


「私は今、ザイフリート領の『首席内政官』。この地の繁栄を守る義務がありますの。……閣下。いかがいたします?」


 私が横目で彼を見やると、ゲルハルトは私の肩を引き寄せ、バルトロメウスを氷よりも冷たい瞳で射抜いた。


「バルトロメウス。貴様は聞き逃したようだが……彼女は『首席内政官』であり、同時に、我がザイフリート家の唯一の庇護対象だ」


 ゲルハルトの手が、私の肩を強く抱きしめる。その重さと熱に、心臓が跳ねた。


「俺の領地で、俺の女に指一本触れさせると思うな。……王太子に伝えろ。エルゼを返してほしければ、全軍を引き連れて来い。その首、返り討ちにしてやるとな」


「……っ、き、貴様ら! 反逆するつもりか!?」


「反逆? 心外ですわ。私たちはただ、不当な契約を拒絶しているだけ。……ハンス様、使節団の皆様をお出口までご案内して。二度とこの地の風を汚さないように」


 追い出されるように部屋を去るバルトロメウス。

 その怒号が遠ざかった後、執務室には二人きりの静寂が戻った。


 ゲルハルトの手は、まだ私の肩に置かれたままだ。


「……閣下。少し言い過ぎではありませんこと? 『俺の女』だなんて」


「……。咄嗟に出た言葉だ。だが、嘘ではない」


 ゲルハルトが私を見下ろす。その瞳には、先ほどの怒りとは違う、焦燥感にも似た深い情愛が宿っていた。


「エルゼ。貴様を失うくらいなら、俺は王国を敵に回しても構わん。……俺のそばにいろ。この領地が、貴様の終の棲家だ」


 仕事上のパートナーシップ。

 それが、後戻りできないほど強く、熱い執着へと変わった瞬間だった。


「……ふふ。そこまで言われては、仕方ありませんわね」


 私は彼の胸元にそっと手を置き、不敵に微笑んだ。


「王都が牙を剥くというのなら、受けて立ちましょう。……数字と香りで、あの傲慢な王宮を根底から揺さぶって差し上げますわ」


 逆襲の幕は、今、切って落とされた。

最後までお読みいただき、ありがとうございます!

成功を妬む王都からの理不尽な要求。しかし、今のエルゼには共に戦うゲルハルトと、心強い領民たちがいます。


「ゲルハルト閣下の『俺の女』発言に痺れた!」「王都を完膚なきまでに叩きのめしてほしい!」

と思ってくださった方は、ぜひ【ブックマーク】や【評価】をいただけますと幸いです!


次回、いよいよ第1章の最終決戦。

エルゼの仕掛ける「経済的断罪」とは――?

お楽しみに!

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