第10話 鉱山の廃ボイラーを、巨大な蒸留器へ改造せよ!
「……正気か、お嬢様。これを、本気で動かそうってのかい?」
バルトが、巨大な錆び付いた鉄の塊を見上げて呆然と呟いた。
そこは、数年前に閉鎖された第一鉱山の動力室だ。目の前には、かつて岩盤を穿つ掘削機に蒸気を送っていた、三階建ての家ほどもある巨大なボイラーが鎮座している。
「ええ。小さな銅の釜でちまちまと煮ていては、王都からの注文には到底追いつきませんわ。……この巨大な『心臓』を、世界最大の蒸留器として蘇らせるのです」
私は、煤で汚れた設計図を壁に貼り出した。
ボイラーの内部構造を、大規模な減圧蒸留タンクへと改造するプランだ。
冷却管には、鉱山を流れる冷たい地下水を直接引き込む。これならば、一度の抽出でこれまでの百倍以上の精油が得られる計算だ。
「無茶だ! こんなバケモノ、溶接一つ間違えりゃ大爆発だぞ!」
「だからこそ、バルト様。貴方の腕が必要なのですわ」
私は、不安に揺れる職人たちの目を真っ直ぐに見据えた。
「このボイラーが再び火を吹く時、それはこの領地の『終わり』ではなく、新しい『始まり』の合図になります。……皆さんの息子や娘たちが、飢えを忘れて笑える未来。それを、この鉄の塊から作り出しましょう」
静まり返る動力室。
職人たちは互いに顔を見合わせ、やがて一人が、そしてまた一人が、重いハンマーを握り直した。
「……ちっ。お嬢様の無茶には、もう慣れっこだ。野郎ども、準備しろ! 錆びた鉄を叩き直して、金を生む機械に変えてやるんだよ!」
バルトの怒号が響き、作業が始まった。
金属を叩く高い音、火花の散る眩い光。
私も、計算機を片手に、蒸気圧の限界値を算出し、バルブの調整指示を出す。
作業は三日三晩続いた。
そして、運命の点火の時。
傍らには、ゲルハルト閣下が腕を組んで立っていた。彼は何も言わず、ただ私の隣で、巨大なプレッシャーに晒される私をその存在感で支えてくれていた。
「……バルブ、開放。点火!」
ゴォォォォ……という、地響きのような音が腹に響く。
ボイラーが震え、接続された巨大な管が熱を持ち始める。
職人たちが固唾を呑んで見守る中、圧力計の針が、私の計算通りの位置でピタリと止まった。
やがて――。
動力室の出口に設置された、巨大な受水槽。
そこから、滝のような勢いで、透き通った芳醇な液体が流れ出し始めた。
「――出た! 出たぞおおお!!」
職人たちの歓喜の叫び。
地下にこもっていた熱気と油の臭いが、一瞬にして、数千本の花を束ねたような圧倒的な芳香に塗り替えられた。
動力室を突き抜け、鉱山の入り口へ、そして麓の村へと、奇跡の香りが風に乗って広がっていく。
領民たちが家から飛び出し、山を見上げる。
かつて絶望の象徴だった鉱山の煙突からたなびくのは、死の煙ではなく、富と希望の香りだ。
「……信じられん。本当に、やり遂げたな」
ゲルハルトが、信じられないものを見るような目で私を見た。
私は、足の震えを隠しながら、彼に向かって不敵に微笑んだ。
「閣下。これでこの領地は、単なる辺境ではなくなりました。……世界で唯一の『香水の聖地』。それが、新生ザイフリート領の名前ですわ」
「……ああ。そうだな」
ゲルハルトは、感極まったように私の手を強く握った。
その掌は熱く、震えていた。
私は、勝利の喜びと共に、彼と繋いだ手のぬくもりに、静かな充足感を感じていた。
だが、その歓喜の輪の外。
遠く王都へと向かう街道で、不気味な馬車が止まっていることに、私たちはまだ気づいていなかった。
最後までお読みいただき、ありがとうございます!
巨大ボイラーを蒸留器に変えるという、ロマン溢れる大プロジェクトの成功。
領民たちの心が一つになり、ザイフリート領が「産業」として自立した瞬間です。
「内政モノの醍醐味が詰まってる!」「エルゼ様、本当にかっこいい……」
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次回、成功を妬む王都の影、そしてエルゼとゲルハルトの関係に大きな変化が――?
お楽しみに!




