第7話 九州学領1区
九州学領1区。かつては博多と呼ばれたこの街は学領でありながら九州地区の経済の中心として栄えている場所だ。
それもその筈、各地方の学領1区はその地方の行政府が設置されている場所と隣接している。九州1区の場合は隣に九州総督府があり、九州方面軍20万に号令する九州方面軍司令部も隣接しているため紛れもなく政治・軍事の中心地であるし、九州1区はその前身である博多の町の頃から日本有数の港町で大陸貿易の玄関口でもある。これだけ要素が揃っていれば九州随一の町にもなるだろう。
まぁ、そういった諸事情を抜きにしても学領の1区という場所は特別な数字である。他の学領と違って、各地方の1区には所謂上流階級のボタン適合者が集められるからだ。大和皇国では尋常小学校6年を迎えた児童は男女の区別なく学生ボタン適合試験を受け、この試験に合格したものは学徒兵となる。これは上は皇族から下は農民まで一切の区別なく同じだ。
学生ボタン適合試験は大体5割の確率となる。10人子供が居れば5人は学生ボタンに適合するわけだけど、当然この適合者の中にも階級の差はある。徳川家主導による大政奉還が為された際に武士という階級は無くなっちゃったけど、元大名とか貴族とかは華族として現在も上流階級を形成してるし、軍事偏重国家である大和皇国において軍部のお偉いさんってのはとんでもない権力を持ってたりする。そういう連中の子女とかを集めるのが各地域の学領1区なわけだ。
つまり私が今、船から降り立ったこの街にはたくさんの九州地区のお偉いさんの子供がいるわけだね。ただ、学領1区には他の学領とは明確に違う点が一つ存在する。それが、今私の目の前に広がっている光景だ。
「はえー、祭りみてぇ」
「はっはっはっ! 祭りじゃなかよ。これが博多の日常たい」
うちの地元じゃお祭りの日でもこの人数の人は居なかったなぁ。そう思って思った事を口から零すと、連れ立って歩く学ランを来た青年がかんらかんらと朗らかに笑った。名前は知らない。船を降りた瞬間に港の方からぶっ飛んできて、じぃっと私を見た後に街を案内すると言い出した赤の他人だ。多分、番格以上かな? 随分と変わったナンパ法だ。
私の事を知ってるんだろうなって感覚はある。にこやかに笑ってるけど時折鋭い視線が飛んでくるからね。まぁ私はこれでも10人以上の番長を狩ってきた有名人だからね。そんなのが自分の町に居たら警戒するだろう。
それに学領1区にはお偉いさんの子供たちが沢山いるからね。つまり、それらの子供たちのお世話係の大人もたくさんいて、さらにそれらの人たち相手に商売をしようとする人も居て、と非常に人が多くなる傾向にある。そのため、学領1区は他の学領に比べて圧倒的に学生以外が多いのだ。人が多い場所には諍いの種が多い。この人はそれを警戒してるのかもしれない。
しかも九州1区は港町という事もあり、ふつーに学領内に漁港があるしふつーに漁師さんが獲ってきた魚を商う市場も存在する。学領っていうより普通の町だな。しかも大分賑わってる。
「お、あそこの屋台がうまかとよ」
「ほへー。あ、お金はどうすんの? 配給券?」
「うんにゃ、ここは学領やけど銭払いだ。配給券じゃちょっと高すぎる」
「ああ、それは助かる」
銭は大和皇国の通貨だ。学領じゃ公共交通機関か購買でしか円は使えないからあんまり価値がないんだが、配給券よりも細かい買い物に使える。配給券は一枚でお米20kgとか電化製品とかと交換できるんだが、お釣りとかそういう概念がないからね。串焼き一本で1枚使うとかになると流石に勿体ない。
「ところでこれis何の屋台? いや、なんとなく分かるけどさ」
「お、コメリカの言葉ば知っとるとは。お姉さん結構インテリやね。これは博多港名物のラーメンたい」
そう言いながら赤の他人の青年は供えられた椅子に座ると、その瞬間にお兄さんの目の前にドンっと置かれた器を見る。え、今なんの注文もしなかったのに出てきたんだけど。私も座ったら目の前に出てくるのかな? というかラーメンって久しぶり過ぎる。こっちの世界にもあったんだ。
好奇心にかられて椅子に座ると、その瞬間に目の前にラーメンの器が置かれた。あれだな。ここには注文という概念がないのかもしれない。屋台のテーブルに置かれた箸入れから箸を取り出し、最初から器の上に置かれているレンゲをとって軽くスープを飲む。豚骨スープだ。あまりの懐かしさにもう一口スープを飲む。うん、やっぱり豚骨の味だ。
「替え玉」
「あいよ」
隣に座った赤の他人の兄ちゃんはその間にもう麺を食べきっているらしい。流石に待たせるのも悪いからさっさと食べよう。ずるずるずる。うんまぁい! そのまま替え玉までした私を兄ちゃんはにこにこしながら眺めていた。
兄ちゃんとの食べ歩きは中々面白かったが残念なことに今回、私は観光できているわけではない。仕事には誠意をもって取り組むのが傭兵業の大事なコツである。
というわけでまたどっかで会ったらラーメン奢ってね、嫌だよというやり取りを交わして私と兄ちゃんは笑顔のまま別れる。多分、またどこかで会う事になるだろう。そういう予感がする。
仕事先に伺う時間までまだ余裕があるから予約していた宿に向かい、荷物を預けがてら仕事着のセーラー服に着替える。男の学徒兵の仕事着が学ランなら女の学徒兵の仕事着はセーラー服だ。それにこいつは普通のセーラー服に見えるけど番長ボタンを持った番格に支給される特注品で、非常に頑丈で私が暴れても簡単には破けないようになっているのだ。
番格が普通の衣服で動くとあっという間に服が粉みじんになっちゃうからね。流石に全裸で街を徘徊する可能性は潰しておきたい。
約束の時間だ。5分前行動をモットーとする私は少し早めに指定されたお店に入り、通されたお座敷の中心で座って依頼主を待つ。大物ぶってわざと遅刻するなんてのは三流の仕事だ。一流の傭兵は約束も仕事も律儀に熟すものである。
なんて脳内でモノローグを垂れ流しながらボケーっと待っていると、お座敷に向かってどんどんと歩いてくる足音が聞こえてくる。時計を見ると時間きっちり。良いね、時間に正確な依頼主は当たりの場合が多い。
足音が止まり、襖がすっと開かれる。私をここまで案内してくれた仲居さんの姿。その後ろに、煌びやかな装飾が施された学ランを着た青年が一人。
「や、お姉さん。また会ったね」
「……ああ、はい。そういう感じね」
気軽に、友人に会った時のような顔で手を上げた青年は、つい数時間前に並んでラーメンを啜っていた彼の姿。そして、彼の胸元に輝く黒を超えた銀色の番長ボタンに、思わずため息が出そうになる。
依頼主はアンタの下だって聞いてたんだけどね。腰軽すぎだろ、九州のトップ。
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