第5話 漫画を描こうと思う。
漫画を描こうと思う。
そう弟に告げた瞬間、弟は怪訝そうな表情でこっちを見てきた。
まぁ、仕方ないだろう。この世界には手塚神は居なかったし、なんならのらくろすら見当たらなかった。葛飾北斎は居たみたいだけどそこから先がぷっつり途切れてると言うべきか。まぁ原因は分かるんだけどね。
適性者に超人的な可能性を与える学生ボタンは徳川幕府の8代将軍吉宗公が海の底にある竜宮城の主から譲られた総番ボタンをコピーしたものだ。彼はこの学生ボタン、当時は学生ではなく武士に渡されていたものを大和皇国内にばら撒き、この奇跡の産物によって幕府の権威を回復。合わせてその当時幕府を苛んでいた財政危機など諸々の問題をボタンが齎す超常の力で解決していったのだ。
1800年代に入るころには有り余る力の矛先として海外に単身渡って現地で暴れ回る侍が現れ始め、その頃には実質的に鎖国も終わって各地に傭兵としてやってくる侍軍団の誕生である。南北戦争が100年続いてるのは当時の侍軍団が身一つで渡米して五大湖周辺を荒らしまわったのが原因だったりする。
織田信長とかその辺の話は私が知ってる前世の歴史とほとんど変わらなかったんだけどね。徳川時代にファンタジーが混ざるだけでこうも世界が面白おかしくなるんだなぁと教科書を読んでて思ったよ。
話を戻そう。
漫画を描くというのは、実を言うと私の趣味でもある。というかストレス解消である。
前世に置いて私は劇場版マク○スを見てどっぷり沼った後、まぁその、ね。生産系オタクとして生きていたんですよ。そういう生き方をしている女なんてそこそこ絵が描けるもんだから(偏見)自分の妄想を紙に書いてオフセット本拵えたりしてたんだ。勇者シリーズはイイぞ。
まぁ、この世界に私と同じ趣味の奴は一人も居ないのははっきり分かるし前世に戻ればこの辺のストレスは全部まるっと解決するんだが、人間は大目標だけじゃ生きていけないのだ。というか記憶を取り戻して一年経つのに一度も漫画が読めてないって事実が心を荒ませてくる。漫画読みたいしアニメも見たい。この世界、読むものが無さ過ぎて教科書が癒しに感じるレベルなんだよね。
という訳で自分で読むための漫画が欲しい。出来れば自分が書いたもの以外で。
そうなると漫画を描ける人間を増やさないといけない。その為に用意しなければいけないものは、他者が読むための漫画である。つまり今、私がおた松くんをアシスタントに漫画を描いているのはストレス解消兼、何時か漫画文化が出来るという期待を込めた先行投資のようなものなのだ!
「だからね、おた松くん。もうちょっと怖がらずに接してくれると嬉しいんだけど」
「命ばかりはお助けくださいませ」
「話しかける度に命乞いするの止めよう???」
弟がおた松くんを連れてきてからどのくらいだろう。多分1週間くらいかな? その間放課後にアシスタントとしてちょっと漫画のベタ塗りとかをお願いしているだけなんだけど、一向に打ち解けてくれる気がしない。
おかしいな、私の想定では年上のお姉さんと二人っきりの1週間で胸をドギマギさせる男の子を誑かしながら漫画を完成させ、完成した漫画を弟が通う母校で流行らせて「これを書いたのは誰だよおた松!」「神野先輩だよ! 先輩は美人でキレイで絵が上手いんだ!」と後輩たちからの評判をV字回復させて町中で出くわせばキラキラした目で見られるようになる筈だったんだが。
「フーッ! フーッ! 吾は死なず。未だ死なず」
「うん、ちゃんと生きてるよおた松っちゃん。ほら、お茶飲めよ。汗凄いぜ?」
絵心なんててんでないため最初から戦力外な弟が、おた松くんのために用意したちゃぶ台にお茶を置いていく。おた松くんは難解な言い回しの言葉が好きみたいで一週間一緒に居てもちょっと言ってる事分かんないけど、友人である弟にはちゃんと意味が通るらしい。翻訳機としてこの部屋に居てくれるのはありがたいけど、もうちょっとこうなんていうかだね。おた松くん明らかに私に対して変な勘違いをして緊張してるみたいなんだからその辺のフォローもしてくれるとお姉ちゃん嬉しいかな?
「いや、安心してよ姉ちゃん。おた松っちゃんはケッコー頭良いから色々分かっちゃうだけだよ」
「んんん??? どこに安心要素があるかな???」
なんて弟との心温まる姉弟の会話を挟みながら合間合間におた松くんを気遣いつつ、約2週間。久しぶりだったのとおた松くんへの指導もあった為少し時間がかかったけど、50pほどの漫画を完成させることが出来た。
「へー。うわ、こんなに一杯絵が描いてる」
「吾が血潮、此処に刻まん」
久しぶりだから色々と粗は目立つけど、一先ずいい出来と言えるクオリティにはなっている筈。という訳で今生初の漫画作品を我が弟とアシスタントにシューッ! 超! エキサイティンッ!
一緒に作ってたおた松くんは一足先に全部見てるんだけど、改めて全部通しで見るとまた違った面白さもあるもんだ。という訳で改めて完成した原稿を弟たちに読ませているんだけど、とりあえずこの作品がこの二人にどう受け取られるかで今後書いていく作品は変わってくるだろうね。
今回の漫画のタイトルは「でんでろでん」。東都に遊びに出かけた3人の学生、でん好、でろ太、でん子が不幸なすれ違いで他地域の学生同士の揉め事に巻き込まれ、折角の休日が喧嘩三昧になってしまうという笑いあり、バトルありの非常にシンプルなストーリーだ。
前世のヤンキー漫画をイメージして書いたんだけど今生の大和皇国は普段のノリがまんまヤンキー漫画なせいかバトルだけだと日常物みたいに感じてしまったため、要所要所にコミカルな要素を入れてある。
漫画という文化がない状態で下手に凝った作品を書いても受け入れられないかもしれないから今回は想像しやすいシンプルな構造の漫画にしてみた。さてさて、初作品の反応はどうかと二人の様子を見てみると。
「アッハッハッ! ば、バナナで滑って自爆って……! でろ太面白すぎ!」
「……見えそうで見えん。奥が深い」
「あー、でん子のスカート短いのに見えねーよな! 姉ちゃん、これおかしくない?」
「絶対領域っつーんだ。覚えときな若いの」
うん、二人にも中々好評なようだな。しかしおた松くん、中々目の付け所が良いねぇ。絶対領域の概念に初めて触れて奥が深いって答えを出すのはセンスしか感じないよ。これで私を怖がる所さえなくなればなぁ。
あ、いやいや。こんだけ私の作品を楽しんでくれてるんだからきっと私を怖がらずに受け入れてくれ――なんか私を見ると顔中から黄色い液体が流れてきている。だ、大丈夫? それ人が流していい体液?
「もー、言ってるじゃん。おた松っちゃんはちょっと分かりすぎるタイプなんだって。姉ちゃんはもう少し弁えてよ?」
「弟よ。ただそこにあるだけの私になにを弁えろと言うんだ?」
「言にする。鬼哭啾啾(恐ろしく不気味な気配のこと)」
変な体液を流しながら2週間一緒に居た美人なおねーさんを表す言葉がそれってのは流石に酷くないかな? 弟とおた松くんにそう抗議するも、二人は一瞬だけ互いに視線を交わした後に再び「でんでろでん」に目を通し始めた。あの、せめてなにか反応を変えそうよ。お姉さんちょっとショックだぞ?
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