プロローグ
初投稿です。
最後まで読んでくれたら嬉しいです。
「――このようにして、旧人類の文明は滅びたと言われています」
魔導技術学園に入学して三ヶ月。
魔術の実技が本格化するのを前に、リーサ先生による旧人類の魔導技術史の講義が行われていた。
現代の魔導技術を遥かに凌駕する、大規模魔術の数々。
この学園を一瞬で瓦礫の山に変え、地形すら書き換えてしまうほどの破壊力がかつては存在したらしい。
魔導適正が高い者は10歳になると入学が義務付けられるこの学園は、ノイン連合国最大級の防壁術式を有し、戦時には避難所としても機能する堅牢な要塞だ。
その学園を最も簡単に消し去るほどの力を持ちながら、旧人類はその力ゆえに滅び、優れた技術のすべてを失ったという。
文明の九割が消滅し、灰燼に帰した世界。
それでもなお、彼らの技術の片鱗を知ることができるのは、各地に遺産が遺されているからだ。
長い年月を経て大半は塵となったが、未だ形を留める建造物や、土木工事の最中に見つかる地下遺構が、かつての栄華を今に伝えている。
「ですので、私たちは過去の過ちを深く理解しなければなりません。魔導技術を正しく研鑽し、互いを高め合うこと。それが、悲劇を繰り返さない唯一の道なのです」
だから、何か身体の異変や気になることがあれば気軽に相談してほしい――。
熱弁を振るう先生の言葉を要約すれば、そういうことらしい。
……でも、流石にあれは相談できないだろうな
旧人類の遺産から生きた人間が出てきて、今自分の家で居候している。
そんな話、一体誰が信じてくれるというのだ。
一週間前、この街を大きな揺れが襲った。
……はずなのだが、教室の友人たちは「そんな地震はなかった」と笑う。
だが、僕の家にはその証拠が刻まれていた。
自室の床の一部が崩落し、地下へと続く未知の階段が現れたのだ。
突如出現した遺構に驚きつつも、僕の心は旧人類の遺産かもしれないという期待に躍っていた。
階段は果てしなく深く、陽の光はすぐに入り口で途絶える。
僕は得意な光の魔術を使い、自身の周囲に発光する球体をいくつか浮かべた。
慎重な足取りで降りるにつれ、光の球体が不安定に揺らぎ始める。
「……魔素が、濃くなっているのか?」
制御の難しさに顔をしかめつつ、球体の数を減らして魔術の制御に集中する。
やがて、円柱状に開けた広大な空間へと辿り着いた。
重厚な暗色の壁が青白く光を反射し、中央に佇む球体状の構造物を微かに照らし出している。
それはまるで、咲き時を待つ一輪の蕾のようだった。
突如、無機質な音声が静寂を切り裂く。
『システムエラー。過負荷による生体反応停止を回避するため、排出シーケンスを開始します』
『自動メンテナンス終了後、帰還してください』
機械的な声が響き渡ると同時に、球体状の構造物は花が咲くように開き始めた。
淡い光とともに、肉眼でも視認できるほど濃密な魔素が溢れ出す。
やがて、咲ききった花弁を伝うようにして、一人の人間が滑り落ちた。
しかし、その体は地面に叩きつけられることはなかった。
重力を無視し、浮遊しているのだ。
一糸纏わぬ肢体は、健康的な肉感と柔らかな曲線を備え、長く美しいブロンドの髪が淡い光の中で神秘的にたゆたっている。
背後の花弁が放つ後光を背負ったその姿は、あまりに神々しく、僕はただ息を呑むことしかできなかった。
永遠とも思える刹那の沈黙を突き破ったのは彼女の、感情を排した無機質な声だった。
『個体識別……有機生命体No.0を確認。これより契約を試みます』
『――契約に、同意しますか?』
「……え?」
いったい、何を言っているのだろうか。
契約と言われても何のことだかさっぱり分からないし、説明を受けた覚えも、それらしい書類も見当たらない。
「何の、契約ですか……?」
僕の問いに、彼女は不思議そうに小首を傾げた。
その瞳はどこまでも深く、吸い込まれそうなほどに美しい。
『………………。解析終了。なるほど、魔導適正が閾値に達していません。――直ちに侵蝕による最適化を試みます』
しんしょく?
新色?
寝食?
侵食か、それとも侵蝕か。
どちらにせよ、まともな事態でないことだけは本能が理解した。
「待っ――!」
待ってくれるはずもなく、彼女による侵蝕が開始される。
「っ、あ、あああああッ!!」
激しい頭痛が始まり、瞳の奥が燃えるように熱くなる。
視界いっぱいに、見たこともない文字列や数式の奔流が浮かび、目まぐるしく消えていく。
脳が、自分のものではない何かによって、強制的に書き換えられていく感覚。
『――アップデート完了。システム、再起動します』
脳内に直接響く無機質な声を最後に、僕の視界は暗転した。
意識が朧げに戻り、微睡の中で懐かしい歌が聞こえてきた。
どこで聞いたかは覚えていない。
けれど、今よりもっと幼い頃に耳にしたことがあるような、温かな旋律。
掠れた視界のまま、目の前に広がる肌色の50メートル級ウォール・マ◯◯を見上げる。
柔らかい枕に後頭部を包まれながらその巨大な壁に、吸い寄せられるように手を伸ばした。
手のひらに広がる、心地よい温かさ。
それに――驚くほど、柔らかい。
「っ……!」
火傷をしそうなほどの衝撃とともに意識が鮮明に戻る。
僕は弾かれたようにその場を離れると、慌てて脱いだ自分の上着を彼女へと差し出した。
「これっ、着てくれ!」
「ありがとうございます」
受け取る彼女の声に、先ほどまでの無機質さは微塵もなかった。
さっきの鼻歌も、間違いなく彼女が歌っていたものだ。
僕が気絶している間に、一体何があったんだ?
意識を失う直前、頭の中に響いたアップデートや再起動とは何だったのか。
それに、あの契約はどうなった?
彼女は、少し丈が短く感じる僕の上着を羽織りながら、こちらに歩み寄ってくる。
「身体は痛くない? 頭痛はまだするかしら?」
慈愛に満ちた表情で僕の顔を覗き込み、彼女は聖母のような微笑みを浮かべた。
「何かあったら私に……ママに何でも言ってね」
「…………は?」
思考が停止した。
「……今、なんて言ったんだ?」
「だから、ママに何でも言ってね、って」
「待ってくれ! ママって何のことだ! 僕の母親は一人しか――」
抗議の声は、遮られた。
視界が急に暗くなり、顔全体をやわらかい何かが包み込む。
顔に、一気に熱が昇るのが分かった。
「……ひとまず、お家に帰りましょうね」
現状を理解できないまま手を引かれ、長い階段を一段、また一段と登っていく。
僕が貸した上着は、やはり彼女には少し小さすぎたらしい。
一歩足を運ぶたびに、視界の端で隠しきれていない肢体が揺れ、僕は視線のやり場に困って天井を仰いだ。
気まずさを紛らわせるように、僕は彼女の背中に問いかける。
「あ、あの……さっき言っていた契約って、結局どうなった……んでしょうか?」
「契約なら、しっかりと結べましたよ! 安心してママに甘えてくださいね」
……だめだ、会話が成立していない。
「普通、契約っていうのは、やりたいことを申し込んで、お互いに承諾して……話し合いとか書類とかでするものじゃないんですか?」
彼女は心底意外そうに、歩みを止めて振り返った。
「ちゃんと話し合ったじゃないですか。貴方が……」
そこで言葉を切る
「ところでお名前は何と言うのですか? 私はマキナ」
ふわりと微笑む彼女、その健康的な肉感と柔らかな曲線を備えた身体に聳え立つのは、まさにウォール・マキナだった。
「ママって呼びづらいなら、マキナママって呼んでくださいね」
「僕は、マギア……。って、名前を教える前に話し合った覚えなんてないんだけど!?」
「いいえ、確かに話し合いました。マギアが小さな声で『ママ……ママ……』って寂しそうに零していたから、私が『ママになりましょうか?』と問うたのです」
「……え?」
「そしたら貴方、『うん』って」
「それだけ!?」
そんな寝言みたいなやり取りだけで、意味の分からない契約が成立したというのか。
「はい。合意が得られたので、私とマギアの⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎を繋げておきました」
「……今、なんて言った?」
「⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎を繋げました、と」
聞き取れない。言葉が音として認識できない。
何らかの力が、僕の耳を拒絶しているような感覚。
「もう少し、ゆっくり言えるか?」
「…………そうですね。今の時代の言葉で言うなら魔導回路でしょうか」
今の時代?
一体こいつは何者なんだ。
なぜあの中にいた?
見た目は人間にしか見えないけれど、本当に人間なのか?
少しずつ冷静さを取り戻すにつれ、未知の存在への恐怖がじわじわと背中を這い上がってくる。
「マキナ……お前は、一体何者なんだ」
僕が震える声で問うと、彼女は視線を合わせるようにゆっくりと屈み込んだ。
そして、慈しむように僕の頭を撫でながら、こう言ったのだ。
「私は、マギアのママですよ」
……ダメだ、話にならない。
それから、しばらく無言で歩き続けた。
ただひたすら、暗い階段を一段ずつ登っていく。
マキナは鼻歌まじりに機嫌よく進んでいるが、どうにもおかしい。
……この階段、こんなに長かったか?
降りてきた時の倍以上の時間は経っているはずだ。
僕はたまらず声をかけた。
「なあ、マキナ」
「ママ、と呼んでください」
「…………」
「マ・マ、ですよ?」
「……マ、マ……キナ。……これでいいだろ」
「ん……もうっ! それで、何ですか? 何か聞きたいことでも?」
頬を膨らませる彼女に、僕は本題を切り出す。
「この階段、やっぱり変だ。降りてきた時より、ずっと長い気がするんだ」
マキナは少し考え込むように目を閉じた。
「……なるほど。確かに魔術的な介入がされていますね」
「来る時は何ともなかったのに……」
「恐らくですが……私が外に出られないよう、一種の檻が形成されているのでしょう」
――なんてことだ!
いや、これは朗報というやつじゃないか!
得体の知れない彼女を連れ出すのは怖かったが、出られないというなら仕方ない。
置いていく正当な理由ができる。
よし、ここは彼女に任せて、僕だけ一旦脱出しよう。
「まぁ、この程度の術、どうってことありませんけれど」
「……え?」
「いいですか、マギア。術に罹ったと感じたら、まずはこうするのです」
マキナは空気中の魔素を、どこか艶めかしい手つきで手繰り寄せ始めた。
彼女の手の中で魔素が圧縮され、渦を巻く。
周辺の魔素が根こそぎ掌の上に集まってしまったせいで、今僕が魔術を使おうとしても発動すらままならないだろう。
そもそも、僕ら人間は体内で魔素を生成することはできても、それを効率よく体内に留めておくことが難しい。
生成された先から大半が空気中に放出されてしまうため、術を使うには周囲に漂う魔素を呼び込む必要があるのだ。
その供給源を強引に独占され、手のひらサイズにまで濃縮された魔素の塊を、マキナはあろうことか口元へ運び――そのまま食べてしまった。
「なっ、ええ!? 大丈夫なのかそれ!? っていうか、身体が光ってるぞ!」
そういえば、登り始めてから光の魔術を維持するのを忘れていた。
最初からマキナ自身が微かに発光していたから、必要なかったのだ。
「大丈夫ですよ。マギアも身体が造られてきたらできるようになりますから」
彼女は内側から溢れ出す光を纏いながら、慈しむような目で僕を見た。
「ママと一緒に、じっくり身体を造っていきましょうね」
「う、うん……」
圧倒的な力を見せつけられ、僕のマキナ置き去り計画は、実行に移す前にあえなく頓挫した。
無事(?)に階段を登り終え、家に戻ってきたマギアたちは、並んでソファに腰をかけ見つめ合っていた。
「マギア……」
「マキナ……」
「……っ、うぅ」
不意にマギアを激しい頭痛が襲った。
緊張の糸が切れたせいだろうか。
マキナは逆お姫様抱っこでマギアを優しく抱きかかえると、覗き込むようにして彼の瞳を覗き込んだ。
「これでもう大丈夫。先ほど魔素がはっきり見えていたのは、瞳が適応した証拠です。これ以上痛むことはありませんよ」
「……ありがとう、マキナ」
「そこは、ママ、でしょう?」
「……ママ」
「んん〜っ! マギアちゃん、可愛いっ!」
「ちゃん付けはやめてくれ……」
マキナはニヤニヤと上機嫌な様子で窓際まで歩いていった。
「これが地上……。初めて見ました」
魔導技術都市を一望できる中央部の外れ、小高い丘の上に建っているこの一軒家は、かつて祖父母が使っていたものだという。
魔導技術学園に通うため、入学の一ヶ月ほど前から、僕はここで一人暮らしを始めていた。
外を見つめるマキナの横顔は相変わらず美しいが、その瞳にはどこか儚げな寂しさが宿っているように見えた。
「マキナ。君が僕のママになったことは……百歩譲って受け入れるとしよう」
「ありがとうございます。ちゃんと呼んでくださいね?」
「けれど、ママになる前の君は一体何者なんだ? なぜあんな場所から出てきたんだ?」
マキナは静かに振り返った。
「それを説明するには、貴方たちが旧人類と呼ぶ彼らと、魔素の話をしなければなりませんね」
彼女の口から語られたのは、驚愕の事実だった。
魔素――それは旧人類が造り出した、不可視の微細な生体ナノマシンなのだという。
そのマシンはあらゆる物質に侵蝕し、造り変えていく。
人間や動物、植物といった生命体だけでなく、土や水、石ころといった無機物までも。
あまりに飛躍した話で理解が追いつかないが、魔素は旧人類の産物であるということだけは理解できた。
そしてマキナ自身は、そのナノマシンを管理・集積する装置――地下にあったマザーと呼ばれる蕾の、生体パーツだというのだ。
「マキナ……君は、人間なんだよな?」
「はい、マギアと同じ人間ですよ」
「……あの中に、何年いたんだ」
「分かりません。あの中での記憶はありますが、時間の感覚が欠落しているんです。でも、旧人類の文明が滅びる前にはあの中にいたので……」
「そうか。……なら、少なくとも千年は経っているはずだ」
旧人類の文明が滅亡してから、詳細な年数は不明だが千年は経過している。
まともな書物も残っていない空白の時。
「千歳超えてるってお婆ちゃ――」
ムギュッ、という音と共に、視界が柔らかく温かな丘で塞がれた。
「ママ、と呼んでください!」
「んんんーーーっ! ……はっ、分かった、分かったから! 抱きつかないでくれ!」
「マギアちゃんが冷たい〜っ!」
「ちゃん付けもやめてくれ……」
僕はマキナでも着られそうな服がないか手持ちの服を漁っていたが、やはりどれもサイズ的に無理があることが分かった。
「……とりあえず、僕がいくつか服を見繕ってくる。この家で待っていてくれ」
「一人で大丈夫? ママも一緒に行きましょうか?」
「その格好で外に出たら、最悪捕まるぞ……」
「あぁ! それなら大丈夫です!」
マキナが僕の貸した上着に触れた瞬間、周囲の魔素が猛烈な勢いで集束した。
上着の繊維が組み替えられ、みるみるうちに長袖のワンピースへと姿を変えていく。
「ねっ!」
「なっ……!? そんなことまで出来るのか! って、僕の上着があああ!!」
結構気に入っていた上着だったのに。
構造から変えられるなら元に戻すことも可能だろうが、マキナにその気はなさそうだ。
「これは、マギアちゃんが初めてママにプレゼントしてくれた服でしょう?」
「うっ……。まぁ、いい。……行くか、一緒に」
「やったぁ! 早く行きましょう!」
マキナは僕の手を引き、足早に玄関へと向かっていく。
「待て、靴もないじゃないか」
「じゃあ、これもいただいても?」
「……自由にしてくれ」
「ありがと!」
結局、靴も一足プレゼントすることになった。
家を出て丘を少し下ると、様々な商店が集まった賑やかなエリアに出る。
マキナの足取りは驚くほど軽く、上機嫌なのが伝わってきた。
「少し肌寒いな。いくつか服を買ったら、温かいものでも食べていこうか」
「ご飯……食べたことありません」
「……そうか。ずっと、あの中にいたんだもんな」
不憫に思って、ふと疑問を口にする。
「でも、お腹は空いたりしないのか?」
「ママくらいになると、魔素があれば生きていけるんですよ!」
「じゃあ、ご飯は……」
「食べます! 食べたいですっ!」
食い気味に返してきた彼女に、僕は苦笑した。
「美味しい店を知ってるから、楽しみにしてて」
一通り服を買い揃えた僕たちがやってきたのは、商店街を抜けて中央部へと歩いた先にある店。
エンペラーバーガーだ。
肉や野菜をパンで挟んだハンバーガーや、揚げた芋を売っている店だ。
実を言うと、僕自身もこうした店で外食をするのは初めてだった。
これまでは家で簡単な食事を済ませるばかりだったから、注文の仕方を事前に予習してくるだけで精一杯だったのだ。
「エンペラーチーズワッパーと、エンペラーマッシュルームワッパー。どちらもセットで。飲み物はコーラとウーロン茶をお願いします」
「ありがとうございましたー! 出来上がり次第お席にお持ち致しまーす」
カウンターから漂ってくる香りに、マキナの瞳がかつてないほど輝く。
「……これが、ご飯の香り……!」
「マキナ、涎が垂れてるぞ……」
僕たちが席に着くと、すぐに飲み物が運ばれてきた。
「マキナ、どっちが飲みたい? コーラは甘くてシュワシュワするやつで、ウーロン茶は……まぁ、お茶だ」
「両方気になりますが、まずはコーラを飲んでみたいです!」
マキナは早く飲ませろと、輝かせた瞳で訴えかけてくる。
「それじゃあ、コーラをどうぞ。僕のウーロン茶も飲みたくなったらも言ってね。このストローで吸うんだよ」
マキナは初めての炭酸に目を丸くして驚きながらも、恐る恐るコーラを吸い込み始めた。
「コーラ……。初めて飲みましたが、これ、美味しいですね」
初めての刺激に目を丸くして喜ぶマキナ。
こうして静かにしていれば、普通に綺麗な人なんだけどな。
僕はそんなことを思いながら、自分のウーロン茶を一口啜った。
「ねえマギア。そっちのウーロン茶も飲んでみたいです」
「え? ああ、いいけど……。でもこれ、僕が今使ったストローだし、別の――」
言い終える前に、マキナが僕の手元からひょいとカップを取り上げた。
そして躊躇することなく、僕が口をつけたばかりのストローを自分の唇で食わえる。
「あ……」
喉が小さく鳴る。僕が飲んだばかりの茶が、彼女の喉を通っていく。
マキナは少し眉を寄せると、ぷはっ、と息を吐いた。
「ちょっと苦いですね……。大人の味、でしょうか」
「……そんなことより、それ、僕が使ってた……」
「? はい、マギアの味がします。ママとマギアは⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎で繋がっていますから、問題ないですよ?」
首を傾げるマキナの口元には、まだ僕と同じストローが触れている。
本人は至って真面目な顔をしているが、意識している僕の方がバカみたいじゃないか。
「……なんでもない」
しばらくすると、出来立てのハンバーガーを乗せたお皿が運ばれてきた。
マキナは身を乗り出し、早く食べましょうと迫ってくる。
「これは半分ずつ分けようか。マキナ、それでいい?」
「なんでもいいですから、早く、早く!」
僕は苦笑いしながら、備え付けのナイフを使ってバーガーを切り分け、互いの皿に並べた。
「もう食べていいの?」
「いいよ。でも、食べる前に言うことがあるんだ」
「なになに? ついにママのことが好きになっちゃった?」
「違うって! 食べる前にはこうして手を合わせて、感謝を込めて『いただきます』って言うんだ」
「あ、それ知ってます! マザーのアーカイブに載っていました」
マザーのアーカイブ……?
聞き捨てならない単語が出たが、空腹の限界だった今の僕には、それを追及する余裕はなかった。
よく考えれば、今日は朝から大変な一日だったのだ。
「……よし、食べよう」
「「いただきます」」
「んんん〜っ! 美味しいっ!」
「……っ、よかった」
マキナの弾けるような笑顔を見て、僕はそっと胸を撫で下ろした。
すっかり満腹になった僕たちは、店を出て帰路についた。
夕闇に包まれ始めた帰り道、僕は先ほどの言葉を思い出す。
「そういえば、さっきのアーカイブって何のことだ?」
「マザーのアーカイブですか? マザーは世界中のナノマシンを管理していると言いましたよね。ナノマシンは、世界中のあらゆる情報を収集してマザーに送っているんです。私はその情報を閲覧できましたし、今でもアクセスできますよ」
「マキナは……そんな、世界のすべてを視るようなことまで出来るのか」
「何を言っているんですか、マギアだって出来ますよ?」
「え……?」
「⬛︎⬛︎⬛︎……じゃなくて、魔導回路を繋げたと言ったでしょう? 私に出来ることのほとんどは、いずれマギアも出来るようになります」
マキナは僕の手をぎゅっと握り、真っ直ぐに僕を見た。
夕闇の中で、彼女の瞳だけが神秘的に発光している。
「だから一緒に、強い身体を造っていきましょうね」
繋がれた手から伝わる体温は、こんなにも温かい。
そして、さっきのストロー越しの感触が脳裏をよぎる。
身体を造るという言葉が、昼間よりもずっと、心臓に悪い響きを持って聞こえた。
僕の身体はこれからどうなっていくのだろうか。
もしマキナのように、魔素だけで生きられるようになったら。
僕の寿命はどうなる?
見た目も子供のまま、変わらなくなってしまうのだろうか。
旧人類は、なぜこんなものを作ったのか。
僕はマキナに手を引かれながら、まだ見ぬ自分たちの行く末に、期待と、それ以上の不安を抱いていた。
ここまで読んでくれてありがとうございました。
拙い文章ですが、この後の大筋の展開は決まってるので後は自身の文章力との闘いです。
次回は来週の同じ時間を目標に更新予定




