彼岸花の季節にあなたを想うということ
秋の朝。
ひやりとした風が頬を撫で、まだ登りきらない陽射しが地面を淡く照らす。
畦道の両側では彼岸花の蕾がいっせいにほころんでいて、赤い線を描くようにどこまでも伸びている。
私はその道をゆっくりと歩いていた。
去年もこうして歩いたことを思い出す。
隣には、あなたがいた。風に揺れる花を眺めながら、あなたは「来年も一緒に」と私の手を取った。私はそれに「はい」と笑って答えた。
あのときの光景は、まだ鮮やかに胸に残っている。
今日も同じように歩く。赤に縁どられた細い道を、二人分の足音を重ねるように。
私は時折、あなたに語りかける。「今年は咲くのが少し早いわね」と。
答えは返ってこない。それにも、もう慣れてしまった。
あなたは否定も肯定もしない人だから。
道すがら、近所の老婆とすれ違う。
花を見やった彼女は、「今年も綺麗に咲きましたね」と私に声をかけた。
「ええ。とても綺麗ですね」
「あなたも、歩き続けているのね」
「ええ。そうですね」
短い言葉を交わして、老婆は私の隣を通り過ぎていく。私は静かに小さな背を見送った。
畦道を歩き続ける。
朝の澄んだ空気が風に乗って彼岸花を揺らしていく。風が吹き抜けていくたびに私は思っていた。あなたの髪も彼岸花のように、はらりと揺れているな、と。
少し歩いた先では、犬を連れた子どもが私を追い越すように駆け抜けていった。
楽しそうな笑い声を聞きながら、ふと想像する。
小さな家の中で、私たちの子どもが笑い、犬が走り回る──そんな暮らしも悪くなかったかもしれない、と。
やがて視界がひらけ、世界を塗りつぶしたような一面の赤が広がった。
大地を覆った彼岸花が、地平の果てまで続いている。
私は立ち止まり、胸いっぱいに息を吸い込んだ。冷たい空気に、鉄のような匂いが混じっている気がした。
あなたがいなくなってから、この街は平和になった。
戦は終わり、人々は再び笑うようになった。子どもたちの声が路地に響く。夜にはやさしい灯りがともり、やがて穏やかに寝静まる。
でもその平和は、あなたの命と引き換えだった。
あなたを戦場へと見送った朝。
空には重い雲が垂れこめ、今にも雪が降り出しそうなくらい風は鋭く冷たかった。
「必ず帰ってきてね」
「必ず帰ってくる」
その言葉のあと、私たちは口づけを交わした。重なった白い息が空に溶けるよりも前に、あたなは私に背を向けた。
帰りを待ち続けた私は、過ぎていく日々を数え、玄関のノックに一喜一憂して、夜は月を見上げて、そして──やがて届いたのは、訃報の紙切れ一枚。声も、姿も、遺品も、髪の毛一本すら。
私の元に帰ってきたものは、何もなかった。
あなたの名前を呼んでも。隣を振り返っても。
そこにはもう、誰もいない。風が通り抜けるだけ。
鮮やかな彼岸花は、戦場に流れた血のように真っ赤に咲き乱れている。
叫びも、嘆きも、すべてを吸い込んで、この地に根を張っている。
来年もまた、輪廻を繰り返すように、この街は赤に染まるのだろう。
私はまた歩き出す。
赤く染まった道を、今度は平和になった街の方へ。
涙はもう出ない。けれど、泣く必要はない。
あなたのいない世界で、私は歩き続けるしかないのだから。
お読みいただきありがとうございました。
お彼岸ということで彼岸花をテーマにしましたが、見事に悲恋しか浮かびませんでした…!
タイトルにピンときた方、たぶん同士です。
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また何かの作品でお会いできたら幸いです!