リュセルの街並み
リュセルの城門が見えたのは、日がちょうど西へ傾きかけた頃だった。
「……これが、リュセル……」
ユウトは目を細めながら呟いた。石造りの高い城壁、その上に無骨な鉄槍を掲げた兵士たちの姿。門の前には人々が列を作り、商人風の者、旅装の者、そして奴隷と思しき者までが混じっていた。
「見て……あの印……」
ミレリィが指差す先。城門の上部には、大きな紋章が彫り込まれている。
銀の狼と赤い盾、それを囲うように黒い蛇が巻きついていた。
「王家の遠縁……ラザール家の紋章よ」
「へえ。貴族って、みんなこういうの掲げてんの?」
「ううん。これは……警告。蛇が巻きつくのは“支配”の象徴。民が逆らえば噛み殺すという意味」
「物騒だな……」
列の進みは遅い。門兵がひとりずつに質問をし、荷物を調べ、さらに銅貨一枚の入城税を徴収していた。
ファレルがぼそっと漏らす。
「ここは……あまりに“規則”が多いんです。入るのも、商うのも……そして、生きるのも」
やがて彼らの番が来た。門兵は無愛想に顔をしかめ、鳥たちを見て言った。
「その猛禽、飼い鳥か? 逃げると責任取れねえぞ」
「ちゃんと指示が通じます」
「へえ……ま、逃げたら射殺されるからな。入れ」
冷たい視線と共に、鉄の門が軋む音と共に開かれる。
商業都市リュセル――。
その空気は、リスフェン村とはまるで違った。
雑踏、怒号、叫び、物売りの声。道には物乞いが座り、裸足の子どもが走り、騎士の馬が横を踏み鳴らして通り過ぎる。
「……ここ、なんか……息が苦しい」
ミレリィが不安そうに袖を握ってくる。
「わかる。空気が、ねっとりしてる」
「都市の空気、ってやつだよ」
ファレルが苦笑しながら二人を振り返る。
「この街じゃ、金の動きがすべて。食べるにも、寝るにも、働くにも金がいる。……金がなきゃ、人間ですらいられない。そんな街です」
「よくこんなとこで暮らせるな……」
「だから出張が好きなんですよ。田舎の風が恋しくなる」
彼らはまず、リュセル南部にある商人向けの宿へと落ち着く。そこはファレルがかつて利用していた馴染みの宿で、割安かつ盗難対策もしっかりしていた。
◆ ◆ ◆
翌日、出店が並ぶ商店街を歩いていると、ミレリィが一枚のビラに目を止める。
「……っ、これ……」
「どうした?」
「……この子……知ってる。リィナ。私の友達……隣村の、森で一緒に育った子。いつの間に……」
そこには、若いエルフの女性の似顔絵と、こう書かれていた。
『奴隷市場・グラードハウスにて展示中。生きた魔法使いのエルフ。高値即決あり』
ミレリィの表情がみるみる強張っていく。
「リィナが……こんな……!」
「……ミレリィ。助けに行こう」
「でも、どうやって……? 奴隷は……私たちじゃ、どうにもできない……」
ファレルがため息をつき、少し真剣な顔で言う。
「……奴隷商会“グラードハウス”は、この街の領主ラザール家の保護下にあります。王家の血を引く連中が“市場”を管理してるんです。正面から行けば確実に潰されますよ」
ユウトは少し考える。そして、ミレリィに向かって言った。
「方法は考える。でも……やれるだけ、やってみよう。あいつらみたいなやつが、支配していいわけがない」
その瞬間、ミレリィの瞳に再び光が宿る。
「ありがとう……ユウト」
そしてその夜。宿に戻ったユウトたちは、街の外れで開かれるという“奴隷の夜市”の情報をファレルから聞く。
「そこに出入りしてる奴らの中に、反対派……つまり“奴隷制度に反発してる商人”もいるって話です」
「そういう人が……この街にも?」
「ほとんどが黙ってますけどね。でも、その中に騎士階級で反体制の奴がひとり、いるという噂を聞いたことがあります」
「名前は?」
「わかりません。ですが、“王家の末裔でありながら、正義を語る異端者”――そう呼ばれてます」
「その人に、会ってみたい……」
ミレリィが言った。ユウトも頷いた。
エルフはよく攫われたり殺されたりするので、居なくなっても捜索なんてしません。