空路封鎖、銀髪の王女
その夜、事件は起きた。
深い森の奥。焚き火の明かりが静かにゆらめく中、オオトリ・ユウトは木の根元に座り込んで、干し肉をかじっていた。傍らには、エルフの少女・ミレリィが膝を抱えて寄り添っている。
森に仮設した隠れ家で、穏やかな夕餉の時間──になるはずだった。
だが、その瞬間、夜空が“歪んだ”。
「……っ、何これ……空が……波打ってる……?」
ミレリィが立ち上がり、頭上を見上げる。
星が滲んで揺れて見える。それは視覚の異常ではなく、確かに空に“膜”のような何かが発生していた。
「ミレリィ、鳥たちが戻ってこない……!」
「えっ?」
「上空に結界が張られた。俺の鳥たちが、高く飛ぶと跳ね返されて戻ってくる……これは“空路封鎖”だ」
ユウトの能力、《鳥を従える力》。それは視界共有、偵察、戦闘支援、さらには空輸まで担える万能の力だ。
だが、それも空が開かれていてこそ。今、鳥たちの一部が空中で足止めを食らい、降下してくる。
その中でも、偵察用に飛ばしていた高高度飛行型の一羽の見た映像が脳裏に伝達される。
――大空に浮かぶ巨大飛行艦。その艦首に立つ人物。
白銀の甲冑、深紅のマント。長く整った金髪が夜風になびき、鋭い蒼の眼差しが宙を睨む。
「……王女、エリス・アルステリア」
こいつのことはミレリィから聞いていた。
この世界の王政は腐敗し、富は貴族に集中し、民は搾取されている。
その中で、表向きには“正義”を掲げて父王と対立する王女――それがエリスだった。
だが、彼女もまた王の血を引いているだけあり、民衆に取り入り自ら支配しようとしているという。
「ユウトさん、空が使えないって……それって……」
「ああ、俺の力を封じるってことだ。やるじゃねえか、お姫様」
この空路封鎖によって空全体がドーム状に覆われ、鳥の飛行を阻む。
しかも、飛行艦を使ってこの森の上空に直接展開しているということは、すでにユウトたちの存在を特定しているのだ。
「ミレリィ、ここに長居はできない。すぐに移動するぞ」
「う、うん……!」
ミレリィが荷物をまとめ、ユウトは鳥たちに指示を飛ばす。
斥候の鳥たちが周囲に分散して飛び、脱出路を探す。
だが、遅かった。
――地鳴りが聞こえる。
森を踏みしめる重装兵の足音。鎧の軋む音、魔道機関の唸る音。
「来たか……!」
茂みを割って現れたのは、王女直属の部隊《空中機兵団》――だが、飛行装置は装備していない。
空を封じた今、敵も空を使うつもりはない。地上での一斉掃討。包囲殲滅戦だ。
「ユウトさん……!」
「落ち着け、ミレリィ。俺たちはまだ動ける。空は封じられたが、鳥たちはまだ地上にもいる」
「行け、《スプレッド・サイクロン》!」
命令とともに、猛禽たちが唸るような風を起こして突撃する。
兵士たちは突然の視界喪失と強風に対応しきれず、陣形が乱れる。
その隙にユウトはミレリィの手を引き、高台へと駆け上がった。
「はぁっ、はぁっ……どうするの、これ……完全に包囲されてる……!」
高台は開けた岩場で、周囲には遮蔽物が少ない。
だが、そこに立っていたのは――一人の女騎士。
白銀の鎧、紅のマント、蒼い瞳。あの飛行艦の艦首にいた人物。
「ようやく逢えたわね。異邦の少年、オオトリ・ユウト」
王女、エリス・アルステリアがこちらを見下ろしていた。
「王女様……空を封じて、兵で囲んで、本人までご登場とか、気合入りすぎだろ」
「あなたの力は、放っておけばいずれこの世界を壊す。鳥の王よ、ここで死ね」
――戦いの幕が上がる。