鉄仮面からの徴発命令
空は青く澄んでいた。
だが、村の広場に集まったエルフたちの顔は、一様に曇っていた。
「これが……王都から?」
俺は手渡された封書を見つめた。
精緻な装飾の刻まれた黒い封蝋。紋章は王冠と剣、そして焔の意匠――重苦しいまでの権威の象徴だった。
差出人の名前は書かれていない。けれど、誰もが理解していた。
「“王家直属兵団第四師団”、だそうです」
セフィリナが静かに言った。
村人たちの間に、ざわりと不穏な空気が走る。
「リスフェン村に戦力提供の命。兵力として十五名の若者を徴発せよ、と……」
「冗談じゃねぇ……!」
思わず声を荒げた。
この村がどれだけ小さく、守るべき命でできているかを、たった数日で少しは理解できた。
魔獣が襲いくる森の中。今朝だって、命がけの戦いがあったばかりだ。
それでも王は、命令を下してくる。
あまりにも、冷たい。
――この国は、やっぱりおかしい。
「これに、逆らうことはできないのか?」
「王命は絶対です」
セフィリナは微笑みすら浮かべずに答えた。
「拒めば、村そのものが“罰”の対象になります。財産の徴収、住民のの拘束、時には……焼き討ちも」
「ふざけんなよ……!」
「……けれど」
そのとき、ミレリィが前に出た。
「もし“外部の戦力”が村を護ってくれるならば、徴発義務は一部免除されることがあります。古い法に、そう記されています」
……つまり。
俺が“外部戦力”として戦えば、この村の人間が兵として引き出されずに済む、ってことか。
「なるほど……利用されるのも悪くねぇな」
「え……?」
「今は俺、どこの人間でもない。だったら、まずここで恩を返させてくれよ」
この世界に呼ばれた意味がわかってきた気がする。
鳥の力。名前を知れば繋がる翼たち。
昨日、それを“使えた”俺には、やるべきことがあった。
――力を、証明すること。
◆ ◆ ◆
俺は翌朝、村の周囲を飛び回る鳥たちに呼びかけていた。
森の梢に潜むフクロウのような羽根を持つ鳥――《ミスティア・アーク》
小さな体で群れをなして飛ぶ青い鳥――《ティンベル・コーア》
そして、空の上から周囲を監視する鋭眼の鷲――《グリナード・ヴァルク》
彼らの“名前”が、頭に浮かんでくる。
その名前を口に出し、心で念じると、鳥たちは俺のそばへと集まってきた。
《命じよ。我ら、風と空の意志なり》
それはまるで――友達を得ていくような感覚だった。
◆ ◆ ◆
「――来たぞ!」
見張り台からの声が轟いたのは、午後を過ぎたころだった。
道の先から、鎧の音が響く。
赤いマントを翻した兵士たち。重厚な軍靴の行進。鋼の仮面。
「“鉄仮面部隊”……!」
ミレリィが唇を噛む。
王都直属兵団のなかでも、特に規律と暴力に長けた集団らしい。
「村長はどこだ。これより戦力を受け取り、連行する」
「待て」
俺は一歩前に出て、王都兵の前に立った。
「戦力なら、ここにいる。村を守る力も、戦う力も、俺一人で十分だ」
「……何者だ?」
「外部戦力だ。規定にあるだろ? 徴発命令は、代替戦力がある場合は免除可能だって」
「証明できるのか? 貴様が“力を持つ者”であることを」
「望むところだ。そっちの誰か、代表でかかってこいよ」
「ほぅ……言ったな。ならば、我が部隊の副官――エルデ将校と一戦交えてみせろ」
◆ ◆ ◆
森の外れ。戦いの場が設けられた。
鎧を着た兵士――エルデという男は大きな戦槌を手にしている。
ごりごりの肉体派だ。
だが俺は、鳥の力を試すには絶好の相手だと判断した。
「来い、若造。お前のその自信、へし折ってやる」
「望むところだよ」
――まずは視界を制する。
「ティンベル・コーア、目隠しの舞!」
青い鳥の群れが一斉に舞い上がり、羽ばたきの風圧と羽のきらめきで視界を奪う。
次に――
「ミスティア・アーク、脚を狙え!」
音もなく飛ぶ梟が、エルデの脚を襲う。
「くっ……小癪な!」
だがエルデも動じない。槌を振り回し、風圧で鳥を吹き飛ばす。
……読んでたよ、その反応。
「グリナード・ヴァルク――狙撃!」
空から鋭く舞い降りた鷲が、兵士の兜を吹き飛ばす。
その一瞬の隙に、俺は肉薄した。
拳に力を込めて――
「これが、俺の力だぁぁぁ!!」
右ストレートを、顎に叩き込む。
エルデが吹き飛んだ。
◆ ◆ ◆
沈黙。
次の瞬間、兵たちがざわめいた。
「副官が……!」
「馬鹿な……素手で……!」
俺は息をつきながら言った。
「これで十分か? 俺が“代替戦力”ってことで、話は終わりでいいよな」
兵士の隊長は、無言のまま封書を取り出し、書き換える。
「……外部戦力の確認。リスフェン村の徴発命令、免除とする」
兵士たちは引き上げていった。
エルフの村に、静けさが戻る。
◆ ◆ ◆
夕暮れ。
俺は村の高台に立っていた。
ミレリィが隣に立つ。
「すごかったです、ユウトさん……」
「鳥が強かっただけさ。俺なんか、ちょっと指示しただけだ」
「いえ……本当に、ありがとうございます」
森に沈む太陽が、空を赤く染めていた。
静かな村。どこからか鳥の声が聞こえる。
徴発命令は免除されたが、王都がこの村を目の敵にし、俺を危険視していることに変わりはない。
この先、無事でいられるのだろうか。
俺がこの世界でなすべきことはーー




