帳の会
夜が明けても、リュセルの空は灰色のままだった。
街を包む霧のような空気の中、ユウトたちは身を潜めながら、アルグレッドから受け取った羊皮紙を手に、集合地点へと向かっていた。
「この通りを左に……あれだ」
ファレルが小声で示した先、古い教会跡の地下へと続く扉があった。今は礼拝に使われていないその建物は、まるでこの街の表層に見放されたかのように沈黙していた。
扉を叩くと、小窓が開き、目だけが覗いた。
「合言葉は?」
「“自由は、陰に咲く”」
ファレルが即答する。窓が閉まり、重たい錠が外された。
地下室には、十人ほどの男女が集まっていた。彼らの顔には、疲労と決意が混ざっている。
その中に、すでにアルグレッドの姿があった。
「来てくれて嬉しいよ、ユウト、ミレリィ、ファレル」
「……これが、“裏から街を変える”者たち?」
「そうだ。我らは“帳の会”と名乗っている。表立った運動はできないが、奴隷解放や情報の奪取、政治家への揺さぶりなど、出来る限りのことはしている」
「リィナを助けるには……?」
「三日後の競売、その直前に商館の地下へ潜入する。だが、厄介なことに、警備の大半は王家直属の衛兵隊が担う。金では動かない精鋭だ」
アルグレッドが地図を広げる。
「ここが正面、ここに展示区画。そしてここが奴隷の収容所。通常のルートでは不可能だが……この、排水路。古の時代に使われたこのルートなら、内部へ通じているはずだ」
「侵入経路があるのか!」
ユウトが身を乗り出す。だが、アルグレッドは険しい顔のままだ。
「ただし、排水路には魔物が巣食っている。しかも、それを“わざと”放っている節がある。おそらく、不正潜入者を防ぐために、誰かが裏で……」
「王族、あるいは領主の命令だな」
ファレルが唾を飲む。
「我々の手勢では戦力が足りない。そこで……」
アルグレッドはユウトの目をまっすぐに見た。
「君の、あの鳥たちの力を借りたい」
「なっ」
ユウトは思わず目を丸くする。
リュセルに入ってから、鳥と一緒にいるところは見られないよう気をつけていたのに。
「エリス王女を退けた鳥使いとエルフ。君たちを見たときにピンと来てね」
「……鳥たちは、兵じゃない。だけど、彼らも怒っている。奴隷にされた命、踏みにじられる生き方に」
ユウトはそっと囁くように続けた。
「だから、頼んでみる。一緒に戦ってくれるかって」
その言葉に、どこからか羽ばたきの音が響く。
ハルヴが、闇の天井から舞い降りた。彼の背後には、鋭い眼光を持つファルクと、小柄な機動性を誇るカロゥも控えていた。
《……ユウト。我らは従う。主ではなく、友として》
ハルヴが大きく翼を羽ばたかせ答える。
「ならば、我々は勝てるかもしれない」
アルグレッドの目に、初めて確信の色が灯った。
作戦の概要が詰められていく中、ミレリィがそっとユウトの袖を引いた。
「……ありがとう。リィナだけじゃない、この街のことも……ユウトがいなかったら、私は知らないままだった」
「俺もだ。ここに来て、見て、怒って……初めて、自分の力で誰かを守れるって、思えたんだ」
静かな誓いが交わされる。
その夜、“帳の会”の一員として、ユウトたちは密かに動き出した。
都市リュセルの地下に、嵐の前の静けさが訪れていた――。




