夜市と異端の騎士
夜のリュセルは、昼のそれとはまったく異なる顔を持っていた。
街灯の少ない石畳を抜け、裏通りの路地へと入っていく。ファレルの案内で辿り着いたのは、街の外縁、かつて倉庫街だった廃区画。
そこに、人の気配が密集していた。
「……本当にやってるのか、こんな場所で」
ユウトが低く呟く。風の音さえ聞こえない静寂の中、ミレリィは不安げに周囲を見渡していた。
だが、道の先にほんのりと赤い灯が見える。
「……あれだ。夜市」
ファレルの言葉通り、廃墟と化した石造りの建物の内側、吹き抜けのような広場があり、そこに仮設の露店がいくつも立ち並んでいた。
売られているのは香料、珍品、古びた魔具、そして――人間。
鎖に繋がれた男女が無言で座っている。中にはまだ幼い少女もいた。
「……」
ユウトの拳が知らず握られる。
そんな中、ファレルが目配せをした。
「情報屋の屋台……あの、ネズミみたいなジジイです。話は僕に任せて」
ユウトたちが距離を置いて見守る中、ファレルがその男と話し始める。しばらくして戻ってきた彼の顔には、わずかな手応えのようなものがあった。
「いました。エルフの少女。昼に見たポスターの子です。名前も合ってる、リィナ。今は商館の奥で保管されてるらしい」
「売られたんじゃ……」
「いいや、今はまだ“展示扱い”。見世物にして、高値での取引を狙ってるんです。競売は、三日後」
「……じゃあ、まだ間に合う」
ユウトが言ったそのときだった。
「君たち、奴隷に興味があるのか?」
低く澄んだ声が背後からかけられた。
三人が振り向くと、そこに立っていたのは――
漆黒のマントを羽織った青年騎士だった。
鍛え上げられた体躯に、金と黒を基調とした軍装。それは明らかに高位貴族の装いだったが、その表情には気品よりも、哀しみと怒りが宿っていた。
「君たちの動き……どう見ても買う側じゃなかった。まして、あの情報屋に金を払う。そういう者は限られている」
「……誰だ、お前は」
ファレルが一歩前に出ると、青年は軽く微笑んだ。
「私は、ラザール家の傍系、第三王子筋。名を、アルグレッド・ラザールという」
「……!」
ミレリィが息を呑む。
「王家の……!」
「だが、今の私はただの異端者に過ぎない。奴隷制度を否定したため、家からも軍からも追放された」
「じゃあ……どうしてここに?」
「……君たちと同じだ。助けたい者がいて、動いている。それだけだ」
青年は目を細め、夜市の喧騒を見つめる。
「……この街は腐っている。だが、この腐敗に耐えかねて動こうとしている者たちもいる。もし君たちが“本気”なら、力を貸すこともやぶさかではない」
「……どこまで、本気に見える?」
ユウトが言った。アルグレッドは彼の瞳をまっすぐに見つめ、ふっと笑った。
「十分だ。君の目は、憎しみではなく、怒りと優しさに満ちている。なら、信じていいだろう」
彼は小さな羊皮紙を取り出し、渡してきた。
「これは、地下で動いている“連絡会”の集合地点の印だ。正面からではなく、裏からこの街を変えたいと思う者たちが集まっている。君たちが望むなら、明日の夜、そこへ来い」
「わかった。必ず行く」
ユウトは受け取り、強く頷いた。
ミレリィの視線が、まだ夜市の奥へと向けられている。
「リィナ……待ってて。必ず助けるから」
闇の中に咲いた一縷の希望――
それはやがて、都市リュセルを揺るがす嵐へと変わっていく。




