どいつにしようかな
ヴィーア達がチーチンを尋問する少し前、日が昇りきる前の彼は誰時、静かに、それは静かで一方的な虐殺が起きていた。
枢機卿と言う高官であろうと、広かろうと住居はただの家であり、教皇庁の様な魔除けや攻撃に対する備えは何も無い。
だからカミラの侵入を楽々と許し、申し訳程度の私兵では武器を抜くどころか声を上げる間もなく殺されてしまった。
後は簡単だ、眠っている人間達に催眠をさらに掛け、心臓を抜くだけでいい。
枢機卿はもちろん、武装神官、使用人、更には枢機卿の家族まで皆殺し漸くカミラは一息ついた。
「ふぅ…どうだい、なんとか表を歩けるくらいの見た目にはなっただろう?」
「そう…ですわね…」
そこかしこに出来た血溜まり、今しがたカミラが投げ捨てた出がらしとなった心臓はこの家の枢機卿の物である。
生きながら心臓を貫かれると言う出来れば体験したくない事だが、寝ていたのは幸いか、自身が何をされたかも分からず文字通り眠ったように死んでいた。
リンヒは傭兵だ、相手が武器を持たなくても女でも邪魔をしたり目標なら殺す。
だが子供を殺した事は無いし、これからもそのつもりだ。
それなのに先程カミラに殺された少女が頭から離れない、本当に殺す必要があったのかと。
そんな少女の無いに等しい魔力すら吸い付くしたお陰かカミラは更に皮膚を取り戻し、一部まだ骨だったり内臓まで薄皮一枚だったりするが、最初の枯れ枝の頃からすると、だいぶ人間だ。
「どうしたお嬢ちゃん、今更怖じ気付いたのかい?」
「…いいえ、極魔に落ちる覚悟はとうに出来ています」
「その意気さね。それで、次で最後かい?」
「次はバルダー枢機卿ですが、間も無く夜明け…時間的に限界ですわ」
「つれないねぇ、時間切れだってのか?」
「バルダー枢機卿が居るのは人気の少ない郊外の別荘なのですけれど、起き出した市民に見られてしまうリスクが高いですわ」
カミラは上機嫌にタンスを物色するとその家の妻の服、黒いドレスを取り出し赤いぼろ布を捨て着替えると長いスカートが床の血を吸い込むのも気にせず歩き出した。
「なぁに、目撃者を消せば警報は鳴らない」
ーーーーーー
「ってまたお前かよ!」
「あぁ?誰だお前馴れ馴れしいな殺すぞ」
「ヴィーア僕等だよ、コルト兄弟。毎回これやらないといけないのか、いい加減覚えてくれよ…」
「あらあら、お知り合い?」
チーチンへの尋問を終えたあと、リュドミラ部屋に戻ったヴィーア達を出迎えた専門家と言うには、度々会うコルト兄弟であった。
「男へ感心が無いのは別に良いけどよ、もう会うの三度目だ。それもただ道ですれ違ったとか便所でたまたま隣に立って、「よう、調子はどうだ?」って聞いたとかそんなチャチなモンじゃねぇ、脳への障害を疑うぞ」
「知らんもんは知らん、喧嘩なら買うぞこら」
「…兄貴、諦めよう。この調子じゃどうせまた次には忘れてる。それより王女様、拘束のまじないは教皇庁って話ですが作るのに半日掛かります。それと城の鍛冶屋が造る剣の方はどうなりました?」
「コピア?」
「出来ている、もうすぐ運ばれて…来たようだ」
コピアの言葉を遮る様に部屋にノックが鳴り響き、リュドミラが入室を促す。
兵士が押してきた台車に乗せて運ばれて来た一振の剣は使い勝手の良さそうな片手剣だが、鈍い銀色の刀身は部屋の光を反射し神々しさすら感じる。
持ち手の柄は対照的に漆黒で、ヴィーアには分からないが文字の様な物が刻まれており、鍔部分はまるで片翼の天使の羽のようだ。
「なんだこりゃ、邪魔だろこの鍔。それに何て書いてあんだこの字」
「形に関しては職人に任せたから僕からは何とも言えないが…柄の文字に関してはちゃんと意味がある。耐幻惑、念動力、魅了、催眠…とにかく状態異常を防ぐ効果がある。相手は稀代の大魔術師だ、どれ程防げるかは分からないが、あって損は無い」
「刀身に使った材料だってすげぇぞ。対魔族、幽体、霊体、アンデッドに吸血鬼、いつもは斬られてもピンピンしてるあらゆるクソッタレをあの世に送り返すことが出来る。俺達が集めた材料と、何よりお前が精霊様から貰った体液が効果を増幅させてくれたぜ」
「体液?…あーー!お前等フィルギーちゃんの愛液欲しがった奴らか!」
「誤解を招く言い方しないでくれ!」
「愛液って…」
「おいアレク、女医さんが変な目で俺達を見てるぞ」
「とにかく、話を進めようって!」
「そうねぇ、チーチンさんの話が本当なら時間は無いと思うなぁ。それでヴィーア、昨日の時点で教皇庁に入れなかった枢機卿の住所と名前だけど」
「おう見せろ…結構いるな、枢機卿ってこんなに必要なのかよ。十人くらいだと思ってたわ」
「全部で百人くらいいるんじゃないかしら。皆教皇様が任命した立派な方々よ。ヴィーアはこの国の地理に疎いと思うから、印を付けてあげるね」
今回避難出来なかったのは五人。
大きめな地図を机に広げたリュドミラはリストと照らし合わせながら枢機卿達の居場所に丸を描き、丁寧に名前まで書いた。
「教皇庁行くルート上で自爆事件が起きて避難出来なかった感じか。こいつは?」
「ええと…」
「おおうこいつは…」
一人だけ教皇庁から離れた郊外の丸をヴィーアは指差すと、リュドミラは身を乗りだす。
すると、たわわで瑞々しい二つの果実が重力に従い大きく垂れると共に、衣服に隙間が生まれ桜色の二つのポッチと綺麗なへそまで見えた。
「バルダー枢機卿だね。この住所は別荘みたい、噂によるとセーフハウスを兼ねた隠れ家で沢山の罠や大爆発にも耐えられる地下室が…?ん、どうかしたの?」
「いや、気にせず続けてくれ。うん、気にするな」
「ちゃんと話を聞いてね?」
「お嬢、胸だ。奥までバッチリ見られてるぞ」
「あ、こら樽女バラすな!」
「っ!」
リュドミラは飛び起きる様に身を起こし、胸元を隠すと、羞恥と僅かな怒りを滲ませて抗議する。
「もう、えっちなんだから…ラーナナちゃんに言い付けちゃうよ?」
「……頭がどうにかなりそうだ、こんなエロイのにムスコ勃たん。こうなったらさっさと呪いを解いて邪教を滅ぼす、帰ってリュドミラちゃんと楽しむ。決まりだ、行くぞ!」
そう言うと、台車の上の剣を掴み部屋から出ていこうとするヴィーアをコルト兄弟が止める。
「待てって何も決まってねぇだろうが!」
「そうだよ!僕達は教皇庁に向かってまじないを作りに行くから枢機卿の安否確認には行かないぞ。あと剣は置いていけ、兄貴が使う」
「あぁ?俺が使った方が強いだろうが」
「なあヴィーア、これはカミラを倒す大事な鍵だ。いい加減な気持ちで持って良いもんじゃ…」
「いや、アレク。剣はこいつに任せよう」
「兄貴まで!ヴィーアは確かに強い、けど超常的な専門家は僕らだ!」
「こいつのセンスは本物だ。それに親父並みに悪運が強い。うまく立ち回るさ、それに仕掛けるのは拘束のまじないだけじゃない、俺達にも時間が必要なはずだ」
「分かった、兄貴が言うなら…良いかヴィーア、必ず身体をバラバラに斬るんだ、首、腕、脚…とにかく全部だ、いいな?」
「分かったから俺の剣から手を離せ」
渋々とアレクが折れ、剣をヴィーアに託す。
「ふん、兵士達だけで手は足りてるからお前等はいらん。なんでも仕掛けてこい」
「そうか。で、君はどこに?確率は五分の一だ、もう手遅れかも」
「そうよ、キミの悪運が凄いのは認めるけど慎重に決めなきゃ」
「マリア先生、慎重になってどうなる?よく見てたらこの円が光ってアタリが分かるか?光んねぇよな、だったら気になった所で良いんだよ」
「違ぇねぇ今大事なのは時間だ。カミラを止められれば復活を遅らせる事が出来る」
「そうね…ヴィーア、貴方はどこだと思う?」
「そうだなぁ、じゃあここだ!」
ヴィーアを乗せた馬車は市街地道路を爆走する、ちなみに運転手はコピアだ。
王族が乗る馬車を軍馬に引かせ、あまりの速度に驚いた市民達が踏み潰されまいと道を空ける。
「なははは速い速い!オラオラ早く逃げねぇと引き殺すぞ!」
「キミ!ね、ねぇってば!もう少し速度落としてよ!今子供を轢きかけたわよ!」
「国家の一大事だからな、これは止まれんのだ!」
瞬く間に市街地を抜け、街道に出ると舗装された道から砂利道になるが王族御用達の馬車は揺れを殆ど感じず、多少の陥没や枝よる障害物をものともせず快適な移動が出来ている。
「イカ殺し、バルダー枢機卿だと言う決め手はなんだ?」
「勘に決まってる。それより樽族ってのは全員馬の扱いが上手いもんなのか?」
「人間に比べ足が短いからな。移動が遅いなら、馬に乗れば良いと言うのが我々の常識だ。誰か樽族の知り合いでもいたのか?」
「知り合いなんかじゃねぇ、ただの運転手だ」
ファーティーギルドにいた時、よく馬車を運転していた樽族の男が居たことを何故か思い出したが、すぐに頭から追い出すと木々の間から僅かに見えた建物の屋根に目を向けた。
「見えたぞ、あれが別荘だ。おい、四人連れて先行しろ」
「分かりました!」
コピアの号令で樽族の兵士が速度をあげ、馬車を追い抜くと建物に向かって行く。
土煙が舞い上がりヴィーアはその行方を追うように空を見上げると、淀んだ雲は今にも泣き出しそうだった。




