痛みは情報を引き出すのに持ってこいだ
ライアーフレーメンキャットと呼ばれる希少生物がいる。
この猫は、例え寝ていても人間の嘘の匂いを感じ取ると呼吸も忘れ目を見開きなんとも言えない顔をするので、尋問の際に大いに活躍するとの事で各国が採用している。
そして現在、ヴィーアはその猫の首根っこを掴みうろんげな目を向けながら、チーチンが来城したとの事なのでリュドミラに連れられて取調室へと向かっている。
ちなみにこの猫、値段に関しては庶民一年分の年収程かかると言われておりヴィーアは胡散臭げに猫を見た。
「こんな猫がねぇ」
「おぉあぁあぁあ」
「鳴き声も可愛くねぇし」
「首根っこ掴むやめなって、ほら返して兵士さんが困ってる」
「いやまぁ、持ってても構わんのだが…」
「あらあら、猫さん痛くなぁい?」
「猫は首の皮が厚いから痛くねぇんだ。それに優しく摘まんでるしな!」
「猫が凄い顔してるわよ」
「うわブサイクだな…」
ヴィーアの優しく摘まんでると言う嘘に反応した猫は口の端しを吊り上げ牙を剥き目を見開いていて、初めて見たヴィーアは気持ち悪い物を見たように顔をしかめる。
「私も取調室に行く事なんて無いので初めて見たわ、可愛いじゃんねー?猫ちゃん」
「お、顔が元に戻ったぞ。可愛いとか本心かよリュドミラちゃん」
「えー?可愛いよー。ねぇコピア」
「お嬢のセンスは独特だ。人と違ったって良い」
遠回しにコピアはリュドミラの美的センスを否定していると取調室の前に到着した。
「もう父は中に?」
「うむ、今しがた到着した所だ。では姫様、まもなく尋問官が到着しますので我々はこれで。あ、猫はこちらで尋問官に渡すので」
「はい、ご苦労様…じゃあ皆、隣の部屋に行きましょう、尋問の様子が見れるわ」
リュドミラが隣の部屋の扉を開き中に入る。
中は質素で何かある訳ではないが、取調室との間に特殊な硝子が張られており向こうからは見えないがこちら側からは中が伺えると言う部屋だ。
室内には発言を記録する文官二人おり、尋問に向けて準備をしていたがリュドミラに気付くと立ち上がりお辞儀する。
「姫様」
「ご苦労様、お邪魔するね?」
「さぁさ椅子をどうぞ。固いですが」
「ありがとう、大丈夫よ」
「おい俺の分も持ってこい」
「は?有るわけ無いだろ」
「お前が座ってた椅子あんだろ」
「仕事で使うんだよ、字が書きにくいだろ!」
「知らん」
「あ、おい!」
ヴィーアは問答無用で椅子を奪うとリュドミラの隣に運び座る。
文官はリュドミラに助けを求める視線を送るが…。
「ごめんね、多分言っても無駄な人だから」
「そんな…」
「なははは分かったら向こうで字書いてろ!」
「すみません、このバカが…」
「あぁ?何睨んでやがる」
文官達は怒りの籠った視線を向けるが睨み返されると視線を反らして、しぶしぶと部屋の墨の机と向かう。
「父さん…」
マリアが呟き、改めて硝子越しに取調室を見るとチーチンが部屋で一人椅子に座っているのが分かる。
ヴィーアとマリアを襲った挙げ句一連の犯人としてでっち上げた彼が今何を考えているかを推し量る事は出来ないが姿勢を崩さず目を瞑っている。
と、そこへ猫を持った尋問官が入ってくる、年老い、顔の弛みと腹の出っ張りが目立ってきた五十代程の男だ。
「いやぁチーチンさんお待たせしてすみません、馬車の車輪が外れてしまってね、参りましたよ。あ、何か飲み物でも?」
「いえ、結構…それより早く済ませたい」
「あ、そう?あたしゃ朝飯もまだでね、ここで食べても?」
チーチンが何かを言う前に紙袋を机に乗せると、中身を取り出しサンドイッチを取り出し食べ始める。
「お一つどうです?妻の手作りでしてね」
「料理上手な奥方で何よりですな」
「どうもどうも。娘も手伝って作ってくれた様でしてね、家族は良いものだ…だからねピレンコさん、娘さんの居場所に心当たり有るでしょう?家族とは一緒にいるべきだ」
「昨日もお話しましたが、何も知りません」
「本当に?昨日は夜分なのもあり早めにお帰り頂きましたが、今日はまだ…日が落ちるまで十分時間がありますな?」
「……」
尋問官は摘まんでいたサンドイッチ食べきると、鉄格子の嵌まった窓から外を見て、チーチンにいけすかない笑顔を見せる。
「だいたいね、信者を殺傷し逃げた男と娘が犯人だと仰るのは良いのですよ。ただその後の姿勢が気に入りませんなぁ、何を聞いても知らぬ存ぜぬ心当たりも無し…チーチンさん貴方、娘さんに捕まってほしく無いのでしょう?身内だから分かりますがね」
「…知らない事を、ただ知らないとお答えしているだけです。私も娘を見付けたい」
「もう一度お聞きします。男の方に見覚えは無いですか?直接知らなくても、ダラン教会内で聞いたこととか、あったりするのでは?」
尋問官がヴィーアの似顔絵を机の上に置き、その顔を指で叩く。
チーチンの額に汗が滲み、頬を伝う。緊張がこちらまで伝わって来る様であり、似顔絵を見ている様で、その視線は机の端で眠っている猫に向いている。
「どうです?こんな凶行に及ぶ男だ、以前にどこかで恨みを買ったとか揉め事が起きたとかで教会内で注意するよう言われたとか」
「……知りませんな」
眠っていた猫が勢いよく頭を上げると、なんとも言えない顔をし、チーチンは苦虫を噛み潰したような表情を浮かべる。
そして尋問官は芝居がかった演技で大きく鼻で息を吸った。
「すーっ…なんか匂いますなぁ。私の嫌いな匂いだ、何故嘘をつくのですか?本当は知っているのでは?例えば…教団でこの男を殺しの的に掛けていたり…」
「…確かにそんな話を聞いたことがあったかもしれない。だが、顔を見たのがあの時が初めてだ」
「しらばっくれますねぇ、ダラン教が自爆事件の真犯人と言う話も出てるんですよ?」
「痛ましい事件だが、ルクセニア教徒の爆発にダラン教徒も多く巻き込まれている」
今度は猫が顔を上げることは無かった。
その後も本当に知らないのか、そもそも質問が間違っているのか確信を付く事が出来なかったので一時休憩となる。
「申し訳ありません、中々しぶといですな。肝心な事は喋りません」
「そうねぇ」
「なーんかまどろっこしいな」
「と、言うと?お前ならどうするんだイカ殺し」
飽きた表情で椅子の上で体をほぐすヴィーアに、コピアが問う。
長い尋問に皆も疲れ気味の表情を浮かべるがマリアだけは硝子の前から離れず、一挙手一投足を食い入るように見ていた。
「そりゃあもちろん蹴って殴って爪を剥がして…」
「父は何かを隠している」
ヴィーアの過激な発言を遮るようにマリアは声を出す。
「でも猫さん、反応しませんねぇ?」
「父は馬鹿じゃありません、言う言葉が嘘にならないように言い回しを考えて喋っている様に感じます」
「成る程、それで反応が無いのね。訓練された人間の嘘にだって猫さんは反応するのに」
「俺には言いてぇ事があるのの言えねぇって感じに見えるがな」
椅子を傾け、足を硝子枠のへりに乗せながらヴィーアの言った言葉にマリアはハッとする。
「確かに…感じていた違和感はそれかも。まさか誰かに脅されているとか?」
「じゃあその事を軸に尋問官さん…」
「おい俺にやらせろ」
「は?キミは顔が割れてるのよ、行った瞬間何も喋らなくなるに決まってる」
「俺だとバレなきゃいいんだろ?リュドミラちゃん、処刑人が使う覆面と斧を持ってきてくれ。覆面は新品だぞ」
「いいけれど…ヴィーア尋問なんて出来るの?」
ヴィーアは凝り固まった筋肉をほぐすように肩を回し、扉の前で顔だけ振り向く。
相変わらず不敵な笑みと根拠の無い自信に満ち溢れた表情をしており、そこに失敗する等とははなから頭に無い雰囲気を溢れさせていた。
「要は吐かせりゃいいんだろ?」
ーーーーーー
「なんだ、もう休憩は終わり…って誰だ!?」
「ぶっ殺し屋だ!さっきのヤツはサンドイッチが腐ってたみたいでな、医務室に運ばれたから代わりに来た、もう優しくするのは終わりだぞーチャキチャキ喋って貰うぞ!」
「ぶっ殺し屋だと…?誰か来てくれ、殺される!」
チーチンは突如乱入してきた半裸に覆面、斧を担いだ男に慌て人を呼ぶが、誰かが来る気配はなかった。
しかし視界入った猫がヴィーアの【ぶっ殺し屋】と言うのが嘘だと感じ取り、例のなんとも言えない顔をしているのを見て冷静を取り戻す。
「なんだ、虚仮威しか!自分達で用意した猫に足元を掬われるとはな」
「…そうか、こう言うことか」
扉の前に立っていたヴィーアはチーチンへと近付き、目の前を掠める様に斧を振り下ろすと机に突き刺さった。
「次は指の骨を砕く、殺すなと言われたが傷つけるなとは言われてねぇからな!なーに一ヶ月シコれなくなるかも知れんが死にはしねぇ」
「そんな、横暴だ!」
チーチンがすがるように猫を見るが、猫は眠ったままだ。
(この男本気か…!?)
「よーし上下関係が分かった所で再開だ」
「お、脅しには屈しないぞ…」
「そうか?猫はそうは言ってねぇみたいだがな、じゃあ早速答えろ。隠し事してるな?」
「なんだその大雑把な質問は、人間隠し事の一つ二つはあるものだろう?」
「化物の手下になるとかな」
「なっ!?にを…」
「言いなりになって人間吹っ飛ばしてんだろ?」
「さっきも話したが、ルクセニア教徒が爆発してダラン教が巻き込まれ…」
「返事がちげぇ、答えは【はい】【いいえ】だ」
「……いいえ」
その瞬間、猫が顔をあげる。今までで一番大きな反応だ。
その様子はもちろんヴィーアにもチーチンの目にも止まり、チーチンは小刻みに震え始める。
「目的は何だ、ルクセニア教が嫌いだからか?」
「いいえ」
「…ふん、違うか。じゃあ世間に嫌わせてダラン教に改宗して貰いたいからか」
「…いいえ」
「これも違うだと。…そう言えば、メリルって枢機卿がカミラに力を吸われて死んでたな。混乱が目的か、教皇の力を奪いたいんだろ?」
「……いいえ」
再び猫が顔を変える、今度は一番渋い顔をしている。
「そうかそうか!もう諦めろ、俺様に隠し事は出来んぞ!」
「……」
「後はそうだな…自爆事件の事は誰にも知られちゃいけないって言われたが、それを娘に知られ口封じの為にこの超絶イケメンと一緒に殺せと上から命令でもされたとか、だが娘が安全に逃げる時間を稼ぐために大したこと喋らなかった、そんなところだろ」
「…いいえ」
猫は顔を戻せずにいて少し苦しそうにしている。
「ついでにカミラがどこにいるか吐け、知ってんだろ」
「いいえ」
「む、これは知らんか。ならもう用済みだな」
「待ってくれ」
殆ど自白したような物で完全に項垂れたチーチンにもう聞くことは無いとヴィーアは席を立ち部屋を出ようとしたら所でチーチンに呼び止められる。
「あん?」
「…娘は無事、なんだな?」
「いったい何の事だ」
先程の全てが終わった顔とは打って代わり、ヴィーアをある種の確信めいた視線を送る。
「…娘を守ると、約束してくれ」
「……言われんでも俺様がバッチリ守ってやる、誰が来ようと、ミイラババアからでもな」
そういってヴィーアは覆面を取り素顔を晒すが、チーチンはやはりといった表情を浮かべ、ゆっくりと笑う。
猫もまた眠ったようだ。
「さっきは御母堂様の居場所を知らんと言ったが、検討はつく。まだ教皇庁に入れていない枢機卿を当たってみろ、急げばまだ間に合うかも知れん」
「そう言うことか」
ヴィーアは退出すると廊下に並んだ一同と顔を合わせるが、俯いたマリアとは目線が合わなかった。
「聞いてたなリュドミラちゃん、枢機卿の居場所が知りたい」
「もう情報を取りにいかせてるわよ、少ーし待ってね」
「兵士も出して貰うぞ、俺様だけじゃ見付けんのに時間が掛かる」
「もちろんよぉ、あ、あとね、情報が揃うまで専門家さんも呼んでいるから会って行って頂戴ね」
「専門家だ?胡散臭いぐるぐる眼鏡かけた様なヤツならいらんぞ」
「うーん、眼鏡は掛けてなかったと思うなぁ。とにかく、私の部屋に呼ぶから会って。それと使えそうな道具を取りに行きましょう」
「まぁ何でもいいが」
あとは…と続けようとしたリュドミラがマリアに気付く。肩を震わせ落ち着かない様子だ。
(無理もないか、自分の父親事だもんね…)
「私達は先に行くから二人はゆっくりいらっしゃい」
「ゆっくりって…チッ、しょうがねぇな」
「ここを真っ直ぐ行ったところで兵士を一人待機させるから、迷うことは無いはずよ。…お願いね」
リュドミラはコピアを連れて行ってしまうと、ヴィーアとマリアだけが残される。
「あー…」
「…変な気を使わないで欲しいわね」
「全くだ、そう言うのは得意じゃねぇんだ」
「嘘でもそう言うこと言わないでよ、頑張って励ましてみなさい…ねぇ、父がしたことは許される事じゃない、やりたくなかったとしても」
「そうだな」
「でも、最後は私を守って欲しいと言ってくれた。嘘じゃなかったよね」
「俺は親の顔なんか知らんが、そう言うもんなんだろ。ガキの為に風邪ひこうがケガしようが、ましては死んじまっても守ろうとする。だから本心じゃねぇのか?…こんな感じでどうだ、まだ落ち込んでんならヤろうぜ、元気出るぞ!」
「…ふふっ、ヘタクソな慰めね。でもありがとう、ヴィーア」
ヴィーアは初めてマリアの笑顔を見ることが出来た。
互いの陣営が必要な情報を手に入れ始めた。ヴィーア達はカミラの目的と居場所。
カミラは枢機卿達の居場所と力を付ける目処…物語は終盤へと進んでいく。




