教皇庁まで走れ
ゴラート連邦首都モスカナ。
以前は大陸で二番目に大きな都市だったが人魔大戦時灰塵と化し、その栄光と歴史共に地に伏した。
しかし大戦後、ほぼ無傷だったフーキからの救援物資によりカークト帝国やコースゥゲンより早く人口の多さも相まって驚異的な復興を果たす。
一度更地になったと言うのに当時の歴史を感じさせる建造物を敢えて再現し建て直したかと思えば近代的な建物も導入し、観光名所としても有名ですぐに経済が回りだした。
そんな歴史的建造物一つである教皇庁の一室で、現教皇の聖アルマーニは、老齢の衰えを感じさせない鋭い眼光で大司教からの報告を聞いている。
時刻はとうに深夜で、カーテンに閉めきられた一室にはろうそくだけが光源だ。
「南部のバクンで三件、ルクセニア教徒による自爆テロが確認され死傷者十八名、民家や店舗破損七ヵ所。またおとといには西部のミンティアの街で同様の自爆テロが発生、子供を含む六名が死傷。そして…昨日、今度は東部のウリルの街の教会内で説法を説いている途中に司祭が自爆、密室と言う事もあり死傷者は二十一名にもなりました」
「何と言う事でしょう…魂がルクセニア様と共にあらん事を祈ろう…原因の究明は?」
「十中八九ダラン教の攻撃ですが、証拠がありません。現場に一番で駆け付けて治療をすると言う名目で広く展開するので…それに「また、ルクセニア教徒は自爆されては叶わない」と言われ我々は締め出されてしまいます」
「ダラン教はどなたが出てきますか?」
「南部ではンポテツ大司教、西部ではシコルスキー大司教、東部ではマラカス枢機卿が目撃されています」
「過激な思想で名を轟かす方々ですか…」
「はい…この事件を受けてルクセニア教からダラン教に改宗する人々が大勢出ています。既にダラン教の総本山であるバクンではダラン教が完全に掌握、東部でも優勢を奪われており、西部でも…改宗が相次いでいます」
アルマーニは疲れた様子で天を仰ぐと椅子が軋む音がやけに響き、小さくため息を吐く。
もうずっと体調も良くない、歳は既に八十を越えているのだ。元気な日の方が少なく、日の半分以上は寝て過ごしていたのだがそうも言っていられないと起きたのだが悲報続きに不整脈が起こるのを感じた。
「それと…御加減は大丈夫ですか?後にした方が宜しいですか?」
「…はい、大丈夫です。聞きましょう」
「メリル枢機卿を殺害した、蘇りしカミラの行方ですが未だ掴めずにいます。ニコラウス枢機卿の読みではここモスカナ…いえ、教皇様の命を狙っているとの事です。しかし御安心を、いつもの倍警備を強化しており王室からも巡回を増員、そしてカミラ討伐隊の編成が行われていると通達がありました」
「そうですか…何故、争いが無くならないのでしょうね。これもまた試練、信仰を捨てず乗り越えましょう」
アルマーニは椅子から立ち上がり、カーテンを開けると月明かりが室内に飛び込む。
それはろうそくの灯りに負けない位紅い月だった。
「ほーここがモスカナか、人が多いな」
列車の故障や魔人騒動があった後、特に何かが起こるわけでも無く最後の休憩地点を通り過ぎ、無事にモスカナに降り立ったヴィーアは駅から見える風景を堪能している。
高い建物や見慣れない建物を眺めていると、砂漠が続いていた為、新たな刺激となる。
「首都だからね、来たことある?」
「いんや、たぶん無い」
「たぶんって何よ?」
「ガキの頃ゴラートの北部にナントカって街で育ったんだが、親のいなかった俺を何かと目の敵にしてくる町長にあったま来て家を燃やしてやったら追放されてな」
「あぁ、そう…」
「うぅん…」
「おい興味を失うな」
「引いてんのよ!」
「話聞いてたか?俺のどこが悪いってんだ、売られた喧嘩買っただけだろうが」
「限度ってモンがあるでしょうが!」
「ただの犯罪行為です」
「うん、何も擁護出来ない。かな…」
「ごほん…我々は教皇庁へ行くが君達はどうするかね。こんな巡回の兵が多い駅で昔の犯罪自慢をしていたいなら止めんが」
「あぁ?」
気付けば降りた乗客達が脇目でこちらを窺いながら通り過ぎていき、巡回の兵は足を止めこちらを見ている。
ニコラウス達枢機卿団がいなければすぐにでも抜刀しながら職務質問してきただろう。
「は、早く行きましょ!」
「うん、そうだね!」
「何見てんだこら、あぁ!?」
「ヴィーア、威嚇を止めてこちらに来なさい」
「やめろマント引っ張るな首絞まる!」
「…はぁ」
ニコラウスの溜め息はヴィーアの声にかき消され誰にも届くことは無かった。
「やっと首輪、外せるね」
「そうだな。飯が喉を通る度に鬱陶しかったぜ」
「呪いで無気力になるまでつけてたら?ちょうどいい感じになるんじゃない?」
「馬鹿言うなさっさと外すぞ。外し終わったら城に行こう。リュドミラちゃんに会いに行くぞ」
「姫様と会うってアレ本気で言ってたの?会えるわけないでしょ」
「まだ信じてねぇのか、俺様はフーキを救った英雄だぞ」
「はいはい…何かしら」
教皇庁へ向かって大通りを雑談しながら歩いていた時だった。
先頭を歩く武装神官達が何事か騒ぎ立てており、ヴィーア達もそちらを見る。
若い男だ。
ここからでは会話が聞こえないが、武装神官達が一方的に怒鳴っているようにも見えるが…。
「何やってんだよ。おいさっさと進め!俺の首輪が爆発しちまうだろうが…」
「何か揉めてるみたいだけど…ボクが見てくるよ!」
「おう」
「あ、待って姉さん頭にゴミ付いてるわよ。…もうしっかりしてよね」
「ごめんごめん、じゃあ待ってて。すぐ戻って…」
爆発音と共に暴風が巻き起こり、ヴィーアは前に立っていたガリーナを咄嗟に庇う。
「お前ら無事か!」
「あ、うん…大丈夫!」
「一体何が起こったの!?」
「ニコラウス枢機卿!皆はここで待ってて下さい!」
「待て、俺様も行く。二人はここで待て、イカれ野郎に近付かれないように気を付けろ!」
「分かった!」
シャノンは剣を抜くと前方にいたニコラウスの元に走りヴィーアがそれを追い掛ける。
前方は酷い有り様だ、爆風に吹き飛ばされた装備の欠片が後続を殺傷し更に被害を生み多くの血溜まりが出来上がっている道を走ると護衛に埋もれているニコラウスを引っ張り出そうとしているシャノンを手伝う。
「そいつをどかすぞ、ほらこれで抜ける!」
「御無事ですか!?伯父様、伯父様!」
「ごほっ…外で伯父様はやめろと言ったはずだ…」
「良かった…!すみません枢機卿!」
「ボサッとすんな、次が来るかも知れんぞさっさと立て!」
「ぐっ…」
「枢機卿、腹部に何か刺さっています動かないで!」
「こりゃ…」
立たせようとしたニコラウスは痛みに顔をしかめ腹部を押さえたのでそこを見ると、漏れ無く誰かの装備の欠片が刺さっておりおびただしい出血をしている。
「この程度、自分で治せる…シャノン、生き残った者を纏めろ…この場を離れるぞ。教皇庁まで急ぐ!」
「分かりました!ヴィーア、枢機卿を御願いします」
「しょうがねぇ、ついでにガリーナちゃん達をここに呼んでくれ!」
どこかで誰かが惨状を目にしたのか悲鳴が聞こえ、悲鳴が悲鳴を呼び阿鼻叫喚の騒ぎだ。
近くあった店が爆発に飲まれた際、盗賊避けの魔道具の警報鳴り響き更に混沌を加速させる中ヴィーアは周辺に気を配る。
「チッ、一人で見るにも限界がある。アビラバ、手伝え!」
「たまたまあんたの事観てたから状況は分かってる、任せて!」
「あぁ?観てたってなんで…」
「い、良いでしょ別に!なんとなく、たまたまだ、暇だったの!」
「まぁいい、イカれ野郎が来ないか見張ってろ!」
「同化は?」
「今は頭数が欲しい、そのままだ!」
「そ、そう…まぁ別に良いけどね!」
「はぁ?何怒ってやがんだ…」
ヴィーアと反対の死角を埋めるようにアビラバと背会わせになると、すぐに反応がある。
「様子のおかしい人間がこっち来るわよ!」
「イカれ野郎がどうか分からんが、声出して走って近付いてくるてめぇが悪いんだから、なっと!」
ヴィーアは死んだ神官から剣を拾うと容赦無く路地裏から走ってくる男に剣を投げ、吸い込まれるように胴体に刺さった後男は爆発した。
「ちょっと、また爆発!?」
「ヴィーアさん、来たよ!」
「ジジイに手を貸してやれ、流石にすぐにここを離れないとまずい!」
「私は大丈夫だ…」
「お静かに。刺さった物はそのままで更に出血してしまいます」
「枢機卿、生存者を纏め終わりました、移動可能です」
「分かった…ただちに離脱する…うっ」
「伯父様!…総員移動します、近付いてくる者は全て敵対勢力と見なし攻撃を許可します!」
力が抜け倒れそうになったニコラウスを支える為にシャノンは身体を潜り込ませ、地面に倒れるのを防ぐと指揮を取り移動を開始する。
「これってあの腕輪だか首輪のせいなのよね!?」
「そうだと思う!アリーナ、絶対近付けない様にして!」
「分かってる!分かってるけどこんなに混乱してちゃ誰がそうなのか分かんないわよ!」
「シスターアリーナ、目標の選択は不要です。目に入った者は味方以外は攻撃を」
「そんな事出来る訳っ!」
後続で大きな爆発と神官達の悲鳴が上がり、後方が全滅する。
「これでも出来ませんか?」
「あーもう、やってやるわよ!」
炎の円盤、フレイムスライスで今しがた切断したふくよかな女性は、大きな声を上げながらただ逃げ惑っていただけかもしれない主婦だったのかも。
次に殺したのは、若い男と女。
同じくらいの若い女と抱き合っていたが、女に抱き付きながらそのまま爆発するかも知れないと魔法を放ったがそのまま男ごと女を貫いてしまったが気にしない事にした。
「はぁっ、はぁっ!」
「アリーナ!アリーナ、ごめんね、もう大丈夫だから、後はボクが全て背負うから…」
ガリーナはそう言うと、砂漠で見た水の玉を生成し近づく全てを攻撃する。
「もう少しで教皇庁です!頑張って!」
先頭を走るとシャノンの鼓舞で視線を前に向けると、高い塀に囲まれた大きな建物が見えたのだった。




