やばいかもしれん
情事を終えたヴィーアは気を失ったガリーナを置いて服を正すと魔人が封印された扉の前に立つ。
普通の人間なら魔人と一対一で戦えと言われただけで自殺してもおかしく無いのだが、ヴィーアは自身の勝利を微塵も疑っていないのかいつもの不敵な笑みを張り付けている。
「分かったな?」
「あ?さっきのプレイの事思い出してて聞いてなかった。エロかったな!」
「うむ、確かにエロエロじゃったな!妾もこんなに成長したぞい!」
「せいぜい一歳年取ったくらいじゃねぇか」
「かっー分かっておらんのう。精霊が一歳歳を取るのがどれ程すごい事か…じゃが今は明日もエロエロしたかったら妾の話を聞けぃ。もう一度言うぞ、契約したこの世の者ならぬ者達を心で呼び出せ、応答があったら…」
「あパンパン、いでよアビラバ!」
「心の中で良いと言うのに…と言うより話を最後まで聞け」
ナルヴィクの教えを普通に無視したヴィーアはいつも通りアビラバを呼び出すと、次元が歪みアビラバが姿を現す。
その顔は不機嫌を隠そうともしていなかったが魔人が近くにいると言う威圧感、そして何より精霊が目の前にいる事実に怯えアビラバはヴィーアを盾に後ろに隠れる。
「…なによ。うわなにここ凄い怖いんだけど!てか精霊がいる!?」
「落ち着け小悪魔よ、殺しはせん」
「で、どうするんだ?」
「小悪魔はこやつとの絆を、貴様は思い出を。双方の心が通じれば自ずと同化出来よう。…何故股間が膨らんでおる」
「いや思い出を振り返るとついな」
「は?絆なんか絶対無いけど」
「うぅむ…主従契約では無かったのか?…まぁ強制する事も出来る、仕方あるまい今回はそれで行こう。全くこんな説明初めてじゃ…」
「一体何しようっての?別にいつも見たいに無理矢理すればいいじゃない」
「ほう、殊勝な心掛けだな」
「勝手にすれば、早く終らせて帰りたいだけだから。もう脱いだ方が良い?」
「…あー、その、なんだ」
「何、まだ?」
「アビラバ。お、おま…おまえは良く、やってるぞ…」
「え、なに?聞こえないんだけど!」
「だから!…チッ、フィルギーちゃんにもっと優しくしてやれって言われたからやってやろうとしたがもうヤメだ!さっさとこっち来やがれオラ!」
「あっ痛い!髪引っ張らないで!」
「身体のどこにでもええ、触れたら一つに重なるイメージをすれば出来るはずじゃ」
「一つになるのなら得意だ、イクぞ!」
「ちょっと、今の説明で挿入る必要無かったのでしょ!あっ!」
「なんだそんなこと言ったってここは濡れてるな!」
「どうっせっあんたっ無理矢理ぃっ突っ込むから!ローション塗ってきたの!」
流れるように挿入した後、上手く行ったのかアビラバは光の粒子となってヴィーアに取り込まれていき、下を露出させ腰を振るヴィーアだけが残された。
「あ、こら!折角ノってきたのに戻ってこい!」
「うむ、性行…成功のようじゃ。次からはバカっぽいからその接触はやめた方が良いかも知れんな」
「どうすれば良いんだこの昂りは」
「知らん、て言うかさっきアレだけしたろうにまだ足らぬのか。それでどうじゃ、気分は」
「別に何も変わら…うるさ!頭の中で喚くなボケ!」
(あーもうマジ最悪、この悪魔!悪魔よりも悪魔のチンカス野郎!…え、なに聞こえてんの?)
「聞こえとるわ!そうかそうか、お前が俺様をどう思ってるかよーく分かった…」
(ウソウソ、ね?偉大なる御主人様?ね?)
「後で首絞めの刑だ!」
「物騒な話をしてる所すまんが声が聞こえると言うことは成功しとる。これで基礎能力と特性を貴様の身体に適応されたでな。どれ…まぁ、無いよりマシ程度の上昇と言ったところか」
「んだよ、弱っちぃなお前」
(しょうがないでしょ戦闘向きじゃ無いんだから、悪魔が皆戦えると思わないでよ。実験済んだなら帰りたいんだけど)
「心の壁が凄いのぅ魔人を封じている扉並に分厚いぞい。これが払われ真に通じ合えれば大きな力となろう。さて、妾に出来るのはここまでじゃ」
(ねぇ、魔人って言った?)
「そうだ、魔人の野郎をぶっ殺す」
(無理に決まって…いや、御主人様なら簡単よ!いけー突っ込めー!)
「なんだいきなり」
(ふふふ、これでこいつが死ねば私は自由の身!長かったわ…)
「聞こえてるの忘れてるだろお前」
(やば、そうだった!)
ナルヴィクは扉の正面から横にずれるとヴィーアに道を譲り、扉に手を置いた。
「ひとたび始まればこの扉から出るまで戦闘は終らぬ。また貴様が入った後で結界を張るでな、出たいと言っても時間が掛かる」
「良いから開けろ、すぐ終わらせてやる」
「その意気じゃ、妾としては貴様が死のうと少しでも傷を与え力を使わせて寿命レースで優位に立てれば良い。貴様の精が得られなくなるのはちと勿体ないが…」
「おいがきんちょ、この魔人とやらを倒せればナイスバディに戻るんだな?」
「時間は掛かるがの、五年もあれば力を取り戻せるじゃろうて」
「それだけ聞ければ十分だ!元に戻ったら、垂れて来たのを吸出したりしなくても直接くれてやるからな!」
何て事の無い雑魚を倒しに行くかの様に、どこまでも自信に満ちたヴィーアは、軽くナルヴィクの肩を叩くとうなずき、目で合図する。
「…くくっ、そうかい。期待せず待つとしよう。…ほれ、開いたぞ」
派手な音が鳴るわけでも眩い光が出る事も無く淡々と宣言する、開いたと。
剣を肩に担ぎ扉を蹴破ると堂々と中に入り周囲を観察する。
壁に掛かっているカンテラからは炎のような紫色の光源が揺れ、暗闇の一部を僅かに照らし出しているに留め全てを見渡す事が出来ない。
それほど不自然なほどに広い空間だった。
いずれ来る魔人を殺し得る存在が存分に戦うスペースを確保したような空間で、床は凹凸無く整えられており、天井はどこまで高いのか闇に覆われ伺い知る事は出来なかった。
(殴られたら私も痛いのかな…)
「さぁな、良いからお前も探せ。寝てたら首をざっくり行くぞ」
(ほんっと卑怯よね、勇者がみたら発狂するわよ)
「んなもんどこにいるってんだ、あの戦争で生き残った奴等だってもうとっくに死んでる。ガキでも生んでりゃ血は継いでるかもしれんがそんな話聞いたこと無いしな」
(あんたじゃない事は確かよ、偉大なる御主人様…ね、ねぇあれ…)
「お、見つけた。よし寝てやがる!」
(何あれ、額から角生えてるけど…それに尻尾だってある…あれって悪魔の仲間?)
身長はヴィーアと同じくらいで短い黒髪、額から生える角、胸から腹筋にかけては地肌が見えているが他は真っ黒な体毛で覆い尽くされており服は来ていないが局部は隠れており、それが灯りの届かないところでうずくまる様に眠っている。
「どうだって良い、野郎だし。それに今からただに生首になるんだからな!」
(女だったら殺さないの?…殺さないわねねきっと)
「んなこたぁ無い、俺の女に手を出すようなら容赦なく殺すぞ…こんな風にな!」
静かに忍び寄ったヴィーアは剣を高く頭上に上げ、渾身の力を込めて首に振り下ろす。
無防備な頸椎に真っ直ぐ力と体重を込めた渾身の一撃、これで生きている生物は恐らく、殆どいないだろう。
しかし返ってきたのは鉄をハンマーで叩いた時の様な手応えと、魔人の抗議の声だった。
「かってぇええええ!」
「痛った!なんだぁ?」
「どういう皮膚してんだボケェ!手がビリビリするじゃねぇか!」
「いやいやいや、キミこそ首斬ろうとしたよね?あー血が出ちゃってるじゃんか、骨もなんかおかしいし…なんか拭くものあったかなぁ…そういや封印されてて何にも無いんだった。なんか持ってないか?」
(アレで死なないの!?どんな化物に喧嘩売ってんのよ!)
渾身の一撃をものともせず飛び起きた魔人は剣を構えたまま唖然とするヴィーアに布を要求する。
「…無い」
「あっそう、まぁすぐ治るんだけどね…なんか釈然としないよなぁ。キミがやった事なんだからキミが責任取ってくれないとさぁ、イライラするんだよねぇ…」
(ヴィーア!まずい、まずいまずいまずい!殺される、私殺されちゃう!)
「うるせぇ喚くな!」
ほんの少し殺気を当てられた、それだけでアビラバは恐慌状態に陥ると怯えの感情がヴィーアにも伝わってくるが、敢えて大声を出し一喝すると多少落ち着いたようだ。
「それでキミは何しに来たんだい?何だって歓迎するんだけどねぇ、なんせ久し振りの会話だ、なんだって楽しい」
「見て分かんねぇのか、テメェの首取りに来たんだよ」
「それは…刺激的だねぇ。そんなに欲しいなら差し上げよう、少し待っていてくれ」
「あぁ?一体何…を…」
久し振りの来客にはしゃぐかの様に振る舞う魔人は、自らの頭を両手で掴むと一気に引き抜いた。
あれ程固かった首を引き抜く腕力と突然の自傷行為に硬直するヴィーアと先程の比で無い程恐怖に支配され完全にパニック状態なっているアビラバに血が降り注ぐも動けずにいた。
「お待たせ、さぁどうぞ」
「生きてんのかよ…」
「ご心配なく、すぐに…ほぉら生えてきた。この通りキミが付けた傷も元通りさ!」
「チッ、バケモンめ…」
(元に戻して帰らせてよ!こんなところに居たくない!)
「あれぇ、要らないの?折角痛い思いしたのになぁ。そうだ!かわりにさキミの首をくれよ、キミはこれから死ぬけど頭があれば話し相手になるだろう?そしたらこの忌々しい封印をした精霊が死ぬのを待って、それから地上に出て今までの借りを返すんだ。僕の方が長生きだからねぇ!」
「抜かせ!」
ヴィーアの判断は早かった、撤退だ。
ただ背を向けて走った所で追い付かれるのは目に見えているので己を奮い立たせる様に声を出し斬り掛かる、こめかみに一撃、返す刀で右肩から腹まで振り下ろし、中級雷魔法バンライを発動させるが防御する素振りも無くされるままの魔人、ヴィーアの魔法にダメージが無い事は分かっている、ただ麻痺にでも掛かればと出来る事をしただけに過ぎない。
恐らく効いていない事は分かっていたので、バンライ発動で上がった埃を目眩ましに入ってきた扉まで一目散に戻ると、力強く叩く。
「おいナルヴィクここを開けろ!いねぇのか?あぁ!?」
(アイツはどこ!?見えないんだけど!)
「つれないな、もう帰るのかい?」
「くっ!」
いないと思っていた魔人は、いつの間にか扉の横の壁にもたれ掛かるように腕を組立っていて、察知出来なかったヴィーアは急いで飛び退く。
「もー少しゆっくりしてけよ、暇だからさぁ…」
「けっ、野郎と二人っきりでいたって面白くねぇよ…」
油断無く剣を構えたヴィーアの額から大粒の汗が滴る。
軽口は忘れないが、人生で何度目かの死の恐怖に襲われていたのだった。




