終盤の雰囲気が漂ってる
クアールが投下した魔道具により海の上に一本の道が出来た、幅は広くないが今さっき固めたとは思えない程の強度でヴィーア達が全員乗っても砕ける様子はなく、時より海中から飛び出してくる魔物を斬り捨てながらもしっかりした足取りで駆け抜けて行く。
「うほほーやっと地面だ!足裏冷たくないし土最高だな」
「分かるぞヴィーア殿、やはり人間は地に足をつけてこそだな!」
「あの御澄ましカレインにこんな面白ぇ弱点があったとはな、付き合いもなげぇってのに初めて知ったぜっと!」
「カカッ!アタイにもアレがあったらぶち込みたくなる可愛い顔してたもんなぁ?」
「ぐっ、お前達やめないか!目の前に集中しろ!」
「触手、来る」
「ヨケロ!」
ヴィーアとカレインが加速し、クアールとラマイターは左右に避け海に落ちてしまい、カルとランは減速することで回避したが、これにより隊列が寸断されそこを海の魔物に狙われる。
「こらお前等ちゃんとついてこんか!」
「皆大丈夫か!」
「良いから先にイケ!」
「すぐ片付けるからアタイ等にも殴らせろよ!」
カルが二人を海から引き上げようと手を伸ばし、ランが大きな戦槌で援護しているのを見ながらヴィーアとカレインはイカへと走る。
「またヴィーア殿と戦える日が来るとはな、嬉しく思うぞ」
「あぁ?んな事が嬉しいのか、俺はこーんな疲れることやりたくない、二度とやらん」
「貴方は口ではそう言うだろうが、最後には皆を救う為に動くのだろう?」
「けっ、俺様の女を助けているだけだ。そんなんじゃねぇよ」
「だとしてもだ、結果的には大勢を救う。不思議な人だ…む、何か降りてくるぞ!執事長か?」
「執事だぁ?」
「覚えていないか?ポタト男爵家に仕えていた執事長だ、もっとも本人は死体で発見されているがな」
「知らん、爺なんかに興味はねぇ」
空を飛ぶ魔物に掴まりながら降りてきたのは、ポタト男爵家で出会った執事長だ。
ヴィーア達がリミキン事件を解決した後、水中で呼吸が出来る魔道具と共に行方が分からなくなっていたが、しばらくして男爵家の宝物庫でバラバラになった状態で発見された。
その執事が魔物を操り降りてきたのだ、誰がどう見ても敵である事は間違いなかった。
そして、執事長は元に張り付いていた温厚な顔を醜悪に歪め、怒りを露にする。
「思い返すと上から下まで計画の全て貴様に邪魔されている…あの方には放っておけと言われたがもう我慢ならん。貴様だけは殺さなければ気が済まん、あの世で俺の兄弟待ってるぞ!」
「なんだイチャモンつける気か?俺じゃねーって人違いだろ」
「どこまでもバカにしおって…」
「身体が崩れて行く…」
「あの時倒した同族と同じと思うなよ、年期が違うぞ…」
皺の刻まれた顔が溶け出し、リミキンとしての身体が現れる。以前見た身長2メートル超えのカマの様な腕を生やした異形だ。
「ヴィーア殿、ここは私に任せてくれないか」
「この不死身野郎結構面倒だぞ、銀じゃないと殺せねぇし一人で平気なのか?」
「確かに以前は負けた…だが高みに立つには避けては通れぬ道だとも思う…格上に挑むんだ、恐怖もあるが、高鳴りを止められない自分がいるんだ。ラマイターの言う通り、私もアドレナリンジャンキーなのかもな」
「そか、じゃあ殺っとけ」
「任された、先に行ってくれ。なに、すぐ追い付くさ。あいつらもな」
力を込め魔力を循環させると手のひらを通して両手に持ったカレインの愛刀に焔が走ると熱風が巻き起こる。
風になびく長い黒髪と火の粉がカレインの美しさを助長させ、ヴィーアは目を奪われる。
「カレイン」
「ん、なんだ?」
「やっぱりお前は美人だな!約束の事覚えているよな、勝負して俺が勝ったら一緒に寝るんだぞ!」
「あ、あぁ覚えているが、今それを言うのか…美人とかは、恥ずかしい事言うな!」
「いいや、美人を見たら美人って言うのが俺だ、ついでにヤろうも言う」
「ふふっ、なんだそれは」
そんな台詞を恥ずかしげもなく声を大にして言うヴィーアにカレインは思わず笑ってしまった。
「ヴィーア殿のお陰で余分な力が抜けた、もう負ける気はしない」
「じゃあ先行くぞ、すぐ来いよ!」
「ああ!」
「行かせると思うのか!」
道のギリギリを走り抜けようとしたヴィーアにリミキンのカマが迫るが、素早く間に割り込んだカレインが両手の刀で防ぐ。
「チッ、軟弱な人間の女なぞ!」
「その軟弱な人間の女に攻撃を防がれた気持ちはどうだ?死にたくなったなら介錯しよう」
斬り合い立ち合いヴィーアの走った方へ身体を入れ替えるとリミキンに刀を向けたカレインは宣言する。
「ここから先は五体満足で通れないと思え、不死身野郎」
ヴィーアは駆ける、もうイカはすぐそこだが時間をかけすぎたのか触手が五本にまで戻っており強気になったのか待ち構える様に逃げずにいた。
早速、ヴィーアを突き殺そうと二本の触手が伸びてきたので真芯を捉えるように剣を合わせ斬り裂くと痛みに耐えかね引っ込めるがすぐに別の触手が来る。その間にも斬り裂かれた触手は再生を果たし、触手が増えた分先程より攻撃が激しさを増していて、その度に足を止めなければならず進むに進めなかった。
「だぁぁーー鬱陶しい!」
柄にもなくヴィーアが後方にいる誰かに援護を頼みたくなった時だった、頭上から声が聞こえてきて、それはヴィーアを押し潰す様に落ちてきた。
「ウニャァァァァァァ!」
「ぐええ!なにすんだ!こんのバカネコ!」
「痛い痛いごめんごめんゴメン…って私だって狙った訳じゃないヨ!」
マウントを取っているのはカルミティなのだがその頭をボカボカ叩かれて謝るものの、ヴィーアから離れはせず頬擦りするように抱き付いたままだ。
「じゃあさっさと離れ…すんすん、良い匂い」
「ヤメテ!汗臭いヨ!」
「なははは自分から抱き付いてきたんだそれくらい我慢しろ!うーん少し獣臭いが発情したエロい匂いだ。ほれキスしてやる」
「イヤァァァ!」
一転、獣人の脚力を活かし思いっきり距離を取ったカルの顔は赤い。
「今更キスくらいで照れるな、もっと色々した仲だろうが」
「そーゆー所よくナイ!」
「で、よく来た、と言いたいところだがどうやって来たんだ?」
「ランに飛ばして貰ったんダ」
「便利だなぷち巨人…あとカレインちゃんはどうした?」
「あの双子が合流したから私に先に行けってさ。ランは…抜けられるかナ」
「ま、なんとかなんだろ」
「で、何が問題なんダ?」
「触手だ触手、ちょっと斬った位じゃ再生しちまってなんも意味無ぇ、お陰で進めん」
「なら触手にしがみついて注意を逸らしてやる、私達のコンビネーション見せてやろうゼ」
「あ、おい」
「私じゃアレは倒せねぇんだすぐ助けに来いよー待ってるからナァァ」
懲りずに飛んできた触手に鉤爪を深くえぐり込ませると、痛みで引っ込んだ触手に付いて本体に到達したカルは持ち前の素早さで触手を翻弄している。
「ほー面白いことしてくれるじゃねぇか!邪魔だ雑魚ども!」
再び走りだすヴィーアの前に海から水鉄砲が襲いかかるも中腰で躱しながらも足を止めず、時折上がってくるマーダータートルを蹴飛ばしその奥に陣取っていた半魚人をストライクする。
順調に走っていたが前方で数十匹の空飛ぶ魔物に掴まっていた重量感のあるものが投下される音が響き、マッドジャイアントが二体投下された。前回遭遇した時はヘルメットしか無かったが今回は壊れた防具を継ぎ接ぎで作った鉄のスクラップアーマーの様な物を装備していて防御力を高めており、切れ味なんて全くない叩き潰すくらいしか出来ないなまくらの大剣を持っていて見るからに危険度が増している。
「なんだよデカブツ、立派な鎧着やがって邪魔しようってのか」
二体が同時に、作戦も何も無く目の前の相手を殺す為だけに駆け出す。
前に出たマッドジャイアントの振り下ろしをステップで回避するがすぐに後続の蹴りが飛んできて、鉄板の仕込まれた巨大ブーツを避けきれず剣で防ぐ。
余りの衝撃に後ろに弾かれ手が痺れるがダメージは無さそうだ。
ヴィーアも負けじと前へ、二体の間に出る。自ら危険に飛び込んだように見えるが無策では無かった。
一体が凪払うように払った大剣の腹を叩いて軌道を逸らすと、もう一体のマッドジャイアントに当たる。
鎧に阻まれこれといった傷は与えられていないが同族に攻撃され叫び声をあげて激高すると、なんと同士討ちを始める。
「読み通りウスラバカどもが殺し合い始めたぞ、今のうちに通り過ぎるか」
「ヴィーア、追い付いた…カルさんは?」
「おうランちゃんか、カルなら触手に掴まって向こうだ、一人で足止めしてくれてる」
「すぐ助けに行かなきゃ。でもあの子達…えっと、ね」
「また楽にしてあげたいとか言うんだろ」
「うん…でもね、私一人でやるから、ヴィーアは先に行く」
「…一人で平気か?」
「大丈夫。でも、一つお願いがある。ぎゅってしてほしい」
「おぉそれくらいいくらでもしてやるぞ、なんならもっと凄い事もな!」
「それは後で。全部終わってから、ね」
「約束だぞ、後でヤるからな…ほれ来い、もうちょいしゃがめ」
「うん。ぎゅっ……」
荒れ狂う巨人を尻目に構わずハグをする二人。ランも以前言われたことを守り力を込め過ぎず心地よい反応が返ってくる。
「うん。もう平気。ヴィーアはカルさん助けてあげて」
「そか、じゃあ任せたぞ。また顔に怪我すんなよ!」
「大丈夫、ヴィーアが悲しむ事はしない。やる気も十分よ、ふんす」
大きな戦槌を担ぎ気合いを入れ直したランにこの場を任せイカの頭へと走る。
争っていたマッドジャイアントだったが敵が近付いてきては本来の標的を思い出し、ヴィーアに咆哮を浴びせ武器を振り下ろすが、割って入ったランの戦槌が大剣を弾き、そのまま二体とも吹き飛ばす。
「おいで、私が相手」
重量物同士がぶつかる衝撃音を背中に感じながら走り、今ではカルの表情まで分かる程近付けた。六本の触手相手に随分と善戦しているが既に疲労困憊といった感じだ。
「おいカル!」
「おそおおおい!もう遅いヨ!ツカレタ!」
ようやく、遠巻きにか見えなかったイカが、今では生臭い臭いまで感じられる程近付けたのだった。




