お姉ちゃんだもの
海上に二隻の戦艦が互いにぶつかることも厭わず密着するように停泊している。
波に揺らされる度に耳障りな金属同士が擦れる音が響き、最悪船体に穴が空いてしまう事になるのだがクルー達は気にもとめていない。
何故なら全方位から敵が押し寄せてきているのだ、艦を気にして味方同士距離を取ってしまっては援護もままならない。
それに密着していれば側面を味方に預け警戒する範囲を減らせる、特にヴンデバクーはクーデリアの雷雲の傘に入ることが出来るし対空防御も厚くなる、クーデリアも敵が一ヶ所に固まってくれた方が殲滅も容易だ。
条件はそこまで悪くなかった、最大火力であるクーデリアがもうすぐ魔力切れになる事を除いては…。
「盾を下げるな!目の前の敵は絶対止めろ、姫様に指一本触れさせるな!」
艦橋を背にした荒くれ者達もといクーデリアの親衛隊が着るのは高級感溢れる黒と灰色で統一された、全身が強力な絶縁加工がされた装備だ。
前衛が大盾で抑え、中衛が盾の間から槍を突き、後衛のクーデリアが味方もろとも電撃魔法で敵を一掃する構えだが、絶縁加工されているとは言えダメージ全てを防げる訳では無いが、敵に大打撃を与えられるのならば安いものだと誰もが甘んじて受け入れるからこそ成り立つ戦術だ。
「姫様、いつまでここにいるんで!?一旦下がって体勢を立て直しましょう!」
「そうでさぁ、姫様だって魔力切れで立ってるのがやっとなはずです!」
「はぁ、はぁ…黙って前を見ていろ。貴様らが余の身を案ずるなど烏滸がましい…ぞっ!」
低級範囲魔法を放つと甲板は乗り込んできた海の魔物達が痺れて、そこを荒くれ者が一方的に倒していく。
甲板は水溜まりが出来ている為、少ない力で電撃を放つだけで十分な打撃を与えることが出来て、その分を離れたヴンデバクーの援護に回せるが第三波を防いだ所でクーデリアの魔力が枯渇しかけており、敵のいない僅かな空き時間を床にしゃがみこみ回復に費やしている。
「貴様等は自分達の心配だけしていろ、傷を負ったら後ろと交代だ!安心しろ、余の所有物を壊させはせんよ」
「姫様…テメェら敵がいない今の内に回復だ!元気な奴はヴンデバクーによじ登っている敵に矢を浴びせるんだ!」
普段の尊大で居丈高で、他人に弱味を決して見せなかったクーデリアがしゃがみこみ肩で息をしている様は年相応の16歳の少女であり、そんな彼女が遠回しに守ると言ってくれているのだ。
自分達だけ逃げ出す様な無様な真似が出来よう筈も無かった。
(とは言ったものの、ヴィーアは…もう見えんか。急いでくれんと、ちと不味いかもしれんな…)
距離としてはそう遠くは無いのだが新しく登ってきた敵が、そちらを見ることは許してくれそうも無かった。
「どりゃぁああああさっさとくたばりやがれイカ野郎!」
ヴィーアは、勢い良く突き出された触手に剣を合わせるとまるで紙を裂くように切断し、斬り落ちた一部が海に落ちる。
足場の悪さに悪戦苦闘している間にまた別の触手が生えてきて、もぐら叩き状態になっており攻めきれない様子だ。
不幸中の幸いなのはクーデリアや砲撃のダメージで再生される本数は二本だけになった事か。
(くっそ、突っ込む前に再生しやがる…どうにか頭まで行けりゃな、今の俺様ならあの頭に剣をねじ込める気がする)
カークト艦隊の徹甲弾をくらった頑丈な頭蓋は無傷と言う訳には行かず、着弾部の肉は再生せず骨には亀裂まで入っている。
先程65人と楽しんだヴィーアは無敵の高揚感に包まれており、身体に力が漲り、初めは気持ち悪かったが今では見慣れてしまったナニソードからも不思議な力が伝わってくる。
「道が一本ありゃいいんだ。もう魔力切れで氷の足場作れんし…アビラバを歩く所にどんどんワープさせて足場に…流石に沈むか使えん奴め…沈まない道沈まない道…」
また離れた所から触手が振るわれ、避けたが足場が砕け、焦りから鬼畜な発想が浮かぶが纏まらず独り言が出てくる。
その時、振るった触手を斬られないように素早く引っ込めた触手が目に入る。
「おぉ、あるじゃねぇか立派な『道』がよ!」
閃いたヴィーアはいつもの不敵な笑みを張り付けると、剣を構えるのだった。
「姫様もうダメだ、味方が最初の半分もいねぇ。艦内に籠りますぜ!あんたもボロボロだ、引きずってでも下がるぞ!」
「ぐっ、姫様に触るな!」
「メイドさんよ、姫様が見えねぇのか?冬の海に飛び込んだみたいに白い顔がもっと白くなってる。このままじゃ死ぬぜ」
「あっ…」
「よい…後退だ。籠城する…どの道魔法が使えないのでは表にいる意味も無い」
「野郎ども、下がるぞ!姫様が中に入るまでもう一踏ん張りだ!」
「さぁ姫様、ゆっくり起こしますよ…」
だまし騙し魔力を回復し前線を支えていたクーデリアがついに魔力切れになり瓦解。援護が途絶えたヴンデバクーは必死に抵抗したが圧力に耐えきれず艦内に撤退、籠城戦に移行すると手隙の魔物達はカークトラントに殺到し、その物量で一気に荒くれ者達は倒れていった。
メイドの肩を借りながら司令室に着くと荒くれ者が多いクルーの中では珍しい初老の男性、レーダー提督が心配そうに近付いてくる。
「姫様!…ご無事ですかな?」
「無論、少し疲れただけだ…ラーナナと連絡は取れるか?」
「先程から試していますが、姫様の魔法の影響で魔道通信が不安定のようで繋がりません」
「ふっ…我ながら惚れ惚れする威力だったと言うわけか」
「ええ、間違いなく大陸屈指の威力でしょうな。それが我々を追い詰めている訳ですが…それで、どう致しましょうか」
何とか椅子に座り、メイド持ってきた水を飲み干すと足を組み天井を見上げる。目を瞑ったクーデリアを周囲のクルーが静かに見守る中再び目を開けるとお手上げと言わんばかりに手をあげる。
だがその顔から闘志が消えた訳では無かった。
「どうにもならんよ。艦を捨て小型船で逃げきれる訳でも無し、降伏が通用する相手では無いしな。精々艦の奥まで引き付けて、殺して、殺して、殺して…最後には自爆するとしよう」
「良いですな、この老骨もまだ戦える所を御見せしましょう。今や出来る事は勇敢に死ぬことだけです。さぁ姫様、総員に下知を」
「よろしい…貴様等、これから最後の一兵まで戦う。生臭い魚類共にカークト流の持て成しを見せてやれ。救援がこちらに向かっているが、その前に皆殺しにしてフーキのノロマを驚かせてやるのだ!」
艦内放送でクーデリアの演説が響くと疲れていたクルーが再び立ち上がる。
「俺だってやってやる!」
「あんな奴ら怖くもなんともねぇぜ!」
「いいかお前ら、とにかくゆっくり後退する!隔壁を閉めて一本道を作り出口で待ち構えるんだ、展開させず突き殺せ!…そうだな、この食堂をキルゾーンにする」
「分かったぜ隊長さんよ!」
「扉が破られる、入ってくるぞ!」
半魚人のモリが差し込まれ、遂に扉に穴を空けるとテコの原理で抉じ開けられる。
勇敢な荒くれ者がすかさず空いた隙間から槍を突き返すと半魚人の悲鳴があがるが、それより多くのモリが返ってきて絶命してしまう。
「姫様、敵が入ってきました」
「ふむ…どれ、余も前に行くか…」
「いけません姫様、その御体では危険過ぎます!」
魔力切れを通り越し、生命を消費しながらも魔法を行使した結果クーデリアの体調は悪化、立つのもやっとで杖を支えに椅子から立ち上がり前線に行こうとするのをメイドなんとか止めようとする。
「…確かに魔法の使えない今の余は置物と変わらない。だが座っているだけで役に立つこともあるのだ。行くぞ、椅子を持て」
「は、はい!」
何がなんだか分かっていないメイドを置いて司令室から出ようとした時だった。
『……クー!クーってば!あの偉…うな傲慢チキの電撃バ…チ…が死ぬ…は思えないし…ちょっとー聞こえ…のー?』
「姫様!フーキの戦艦から通信です!」
「っ!寄越せ!ごほん…なんだ騒々しい。今忙しいから後にしてくれるか?」
『やっーーっと繋がった!電撃ばっか使うから通信障害起こるんでしょーが!まぁそれも、繋がったってことは魔力切れなんでしょ?今頃艦に乗り込まれているのかしら?』
「……ふん、あぁその通りだ。笑いたければ笑えば良い。普段偉そうにしている余がこの体たらくでさぞ滑稽であろう?」
『バカなこと言わないでバカクー!フーキの為にそこまでしてくれて、笑う奴がいるなら私が打ち首にするわ!もうすぐそこだから待ってなさい、お姉ちゃんが助けてあげるわ!』
「…では急いでくれ、もうそこまで長くは持たない」
『まっかせなさい!ほら急いで、ぜんそくりょ』
喧しい通信が途中で切れ、司令室に平穏が訪れる。
「お姉ちゃん、か…」
昔、子供だった頃に各国の姫が集まって遊んでいた頃を思い出し、胸に手を当て懐かしむ様に漏れた独り言は誰にも聞こえる事は無かった。




