口移しするに決まってんだろ
水平線の彼方に夕陽が沈みかかり間も無く夜が来る。
陸では見えていても人工的な灯りの無い海ではすぐに暗闇が訪れ少し先がやっと見える程度になり、海の方を見やればそこは完全な闇になる。
そんな中カークト帝国の旗艦【カークトラント】から照明魔法が上がり夜空に擬似的な太陽が上がると巨大なイカが見えてくる、身体中から血を流しながらも触手を再生させるが8本あった触手全てを治すことは出来ず4本しかない不恰好なイカが脅威を取り除くべく手近な船を掴むと軽々と海面から持ち上げる。
「モタモタしてるから再生しちまったじゃねぇか」
「クーデリア様、このままじゃシェーンクーがやられます!」
「弾が残っている艦は無いのか?」
「こちらヴンデバクーのシャルン、徹甲弾は有りませんが散弾と焼夷弾があります。しかしここからじゃ爆風でシェーンクーのクルーがやられちまいます!」
「忌々しい海産物め」
クーデリアが苛立ちを隠さず杖を地面に打ち付けたその時持ち上げられているシェーンクーから通信が入り、メイドが恭しく通信機を差し出す。
「どうぞクーデリア様」
「あるぜ姫様、榴弾がたんまりとよ!」
「グナイゼナウか」
「けど持ち上げられて敵に砲門を向けられやせん、姫様の魔法でもろともやっちまってください!どうせこのまま船が折れても喰われて死ぬだけです!」
「…よかろう、だが最期まで足掻いてみせよ。全員海に飛び込め、感電は間逃れんが運が良ければ浮いてこよう。必ず見付けて祖国に連れて帰ってやる」
「分かりました!シェーンクー通信終わり」
「なぁ、あいつら助からんぞ」
「分かっている、であれば派手に散らせてやるのも余の責務だ…シャルン聞こえるか」
「はい姫様!」
「焼夷弾用意、私の魔法と同時に斉射だ」
「了解、合わせます!」
護衛艦ヴンデバクーが大砲の仰角を調整し発射体勢を取り、クーデリアの詠唱を待つ。
「グナイゼナウ、皆に余の声が聞こえるようにせよ…誇り高きカークトの精鋭よ、今までよく仕えてくれた、ただの海賊くずれだった貴様等に何かを感じてを登用すると言った時は流石の私も父上にバカを見る目で見られたが、やはり余の目に狂いは無かった。
今では名前ばかりの坊っちゃん貴族が指揮するどの船より優秀だったぞ…そんな貴様等との別れだが、全員の名をこのクーデリアが胸に刻むと約束しよう」
詠唱が終わり、夜空に紫雲が立ち込め、今にもどこかに稲妻が落ちそうなゴロゴロと言う音がヴィーアの耳にも届くと自分の上に落ちてこないか心配になり顔をしかめる。
「こりゃ確かにすげぇな…よしやれ、俺には当てるなよ」
「ではな、あの世で逢おう。砲撃始め」
トンッ
渦巻く強大な力とは裏腹に杖を甲板に優しく打ち付けると、視界を奪われる程の閃光と激しい雷鳴が轟く。
二度目なのでイカに背を向けるとヴィーアは耳を塞ぎしゃがんで目をつぶるが、あまりの照度に目蓋を貫通する程の眩さに襲われる。
シェーンクーの弾薬庫に貯蔵されている榴弾に引火し大爆発、護衛艦からも焼夷弾が発射されると熱風が船を襲い大波が発生、しゃがんでいたのでそのまま転がってしまい船の側壁に叩き付けられる。
「おわぁぁ船が揺れてる!ぐえっ」
「少し静かにしろ…これで火葬も済んだ」
木材部分が焼け、火の粉が降り注ぐ甲板に立つクーデリアは美しさの中にも憂いの表情を帯びており、ここに絵描きがいれば後世まで評価される絵が産まれていただろう。
そんな表情もすぐに切り替え皇女の顔に戻ると燃え盛り、触手が吹き飛んだイカを睨み付ける。
「さてヴィーアよ。余は頭に来ている、余の魔法を食らい新型の砲弾を耐え、我が愛すべき荒くれ者どもの命を奪ったあのイカを貴様は余裕だと大口を叩いた。今こそ証明してみせよ」
「いてて…あぁ?あれだけやってまだ生きてんのかよ」
「その様だ、それに…ちと騒がしくし過ぎたらしいな。有象無象が近付いてきている」
クーデリアが見ている方に目をやるとアカンの方角から飛来してくる魔物が多数見えた。
また海からも半魚人やフライングシャーク、マーダータートル等の大群がこちらの船に乗り込んでくるつもりか接近してきていた。
増えてきた敵の多さに思わずヴィーアのため息がもれると、先程転がった時に落としてしまった剣を拾う。
「ま、しょうがない。俺にしか倒せなそうだからな。ただーし!ちゃんと礼を寄越せよ!」
「余を揺するとはな、望みはなんだ?」
「最初からずっと言っているぞ。18になったら俺の女になれ」
「何?…くっくっく、あぁすまん、そうであったな。考えておこう」
「よし、よーしよし2年後を忘れるなよ!そうと決まればザクッとぶっ殺してきてやる。あと上の雑魚どもはやっておけ」
「よかろう」
「今度は治る前に突っ込むぞ、魚類ごと踏み潰せ!」
「ヴンデバクー、カークトラントの前へ出ろ、露払いだ。レーダー提督、出力最大。イカの頭蓋目掛けて吶喊だ」
「了解です。振り落とされぬ様に何かに掴まって下さい!」
魔道エンジンがタービンにエネルギーを送ると巨大なカークトラントとヴンデバクーが唸りをあげ進み出す。
やがて海面を埋め尽くす程の群れがすぐそこまで迫るが接触する前にクーデリアの電撃魔法が海面に炸裂し敵が感電死もしくは麻痺になり、無防備になった敵陣を艦の質量で蹂躙し突破してゆく。
「なははは良いぞぶっ潰せ!俺様の敵でないわ!」
「あの男、何もしていないのに自分の手柄だと?クーデリア様がこれだけ戦果をお挙げになっているのに」
「放っておけ、しばらく魔法に集中する。警護は任せたぞ」
「はっ、この命に賭けましても御身をお守りします」
「クーデリア様、イカの奴め浅瀬へ逃げて行きます。これ以上は艦で進めませんぞ」
「悪知恵の働く奴だ。全艦停止、敵が艦に登ってくるぞ、出迎えてやれ。続いて対空迎撃開始、」
「艦上決戦よぉーい!」
「散弾をお見舞いしてやれ!」
どうにか再生した一本の触手を使い、ほうほうの体でゆっくりと逃げていくイカはここなら近寄れまいとアカン方面の浅瀬へと逃げていく。座礁の危険がありこれ以上進めないと判断したクーデリアはここで迎え撃つ選択をしたようだ。
懐から高級そうな入れ物に入った魔力ポーションを一つ飲み干すと、海面の群の一部に一発放ち敵の勢いを削ぐ。
「こら、止まるな」
「余は出来ない命令はせんよ」
「あんな遅い奴逃がすなんて、ジジイの散歩並みにゆっくりだぞ」
「はっはっは、では我々は老い耄れ以下と言うことだな!」
「笑ってる場合か!すぐそこなのになぁ、海の上を歩ければあんな奴追い付いて斬り刻んでやれるのによ、こうなりゃ本当に大砲に入って…いや待てよ、俺もアレ使えるんじゃないか?」
「今度はどんな愉快な事を閃いた?早く楽しませよ」
「まぁ待て…今の魔力残量じゃ二回が限界か、おい魔力ポーション俺にもくれ」
「んー?んっ」
何も残っていないポーションケースを指差した後、飲み終わり空になった瓶を逆さにして残ってるのはこれだけだぞ?と膨らんだほっぺを指差しながらニヤニヤしており、さぁどうする?と目が笑っている。
「もちろんこうだ!」
「ん!?んんんーっ!」
まさか本当に口の中身を奪われるとは欠片も思っていなかったクーデリアは思わず身体が硬直し、側に控えていたメイドも
「おめぇにやるポーションなんか一滴もねぇよバーーカ」
くらいしか考えていなかったのでこちらも同じく固まる。
舌を吸い上げ、歯の間まで余さずポーションを奪い取るとようやく口を離した。
「ぷはっ流石お姫様だ、良いもん飲んでんな!あれっぽっちでも魔力満タンになったぞ!」
「へっ?あぁ…うん…」
「貴様ぁぁぁ!」
「おぉっと、じゃあ今度こそ仕留めてきてやる。それまでやられんなよー!」
怒り心頭のメイドが斬りかかってきたので逃げるように走り出し、イカの方へ飛び降りると同時に氷魔法を発動させ道を作る。
「クーデリア様!水です、聖水です!度数の強い酒も用意しましたので今すぐお口をゆすいで下さいませ!…クーデリア様?」
「……くっくっく、あっはははは!なんだよこれ、ラーナナが夢中になる訳だ!」
「お気を確かに!」
「ふーっ、ふぅ…通信機を持ってこい」
「え?は、はい!こちらです」
「ラーナナよ…音割れするからがなりたてるな、無論無事だ。それに…艦隊なんぞ必要ないかもしれんな」
遠のくヴィーアをクーデリアは双眼鏡で追っている。ヴィーアは順調に走っており、時折道の左右から飛び出てくる魔物を一撃で斬り捨てながらどんどんイカとの距離を詰めていく。
「いやなに、あの男がいればどうにでもなってしまいそうでな。くっくっく…喜劇でも見ているようだ!」
もう少しと言うところで魔力が尽きかけているのかポツポツとした足場しか作れなくなってきた様で、ジャンプしながら進んでいる所に飛行する魔物が一匹近付いてきて体当たりを仕掛けたが、逆に返り討ちに逢うと羽を切り落とされた。
海面に漂う羽を見て何か閃いたらしいヴィーアは羽を両手にくくりつけると羽ばたきながら大きく距離を稼ぎ足場を作る回数を減らす事で魔力の節約し、ついにイカの目の前にたどり着いた。
「俺様参上!会いたかったぜイカ野郎!」
魔物の羽をパタパタしながら登場したヴィーアにイカの瞳が恐怖に慄いた様に見えた。




