そろそろ脱出だ
アカン街の北部郊外、各地の貴族が私兵や傭兵を続々と集結させ準備が出来た家から功を競う様に出撃していった。そこには人を助けると言うよりは王家に恩を売り自分の覚えをよくしようとしているのもいた。
現在は街の中央にあるコナモン城から北部まではまだ敵の手に落ちておらず、アカン城を起点に徹底抗戦を行っている。また隣国のゴラート連邦からも大規模な援軍を準備中との報告が来ており兵達の士気は高いままだ。
「者共、進め進め!他の諸侯に遅れを取るでないぞ!」
「武功を上げた者にはボーナスだ、当家の有能ぶりを見せ付けよ!」
「獣人傭兵達を前面に配置するのだ、よいかお前達。危険な戦闘は傭兵に任せよ、私の兵を失ってはいかんぞ」
また貴族の中には人間至上主義者も多くいる。彼らは人間こそが至高で、他の種族は人間よりも劣っているので管理、運営されるべきだと言う過激な者も中には存在する。
そんな貴族が雇った獣人傭兵の中に、カルミティはいた。
「一人じゃ生きることも出来ない人間のクセに…ま、金さえ貰えればなんでもいいけどナ…」
「こんなことでいちいち腹を立ててもしゃぁねぇさ…それよりもカル、お前が参加するって事は何か面白そうな事でも起きそうなのか?」
猫の様に座ったカルミティが見る先には、火の手が上がり黒煙が大空へと吸い込まれていくアカンの街の一部が見える。そんなカルに馴染みの傭兵仲間が話しかけてくる。
「いいや、ゼッタイツマンナイね。でも面白いヤツならいるんだよ、たぶん今も自分の尻に火がつこうが女を追い掛けてる様なヤツがサ」
「ほーん、そりゃまた随分な英雄がいるもんだ。じゃあそいつを見付けるのがお前の目標ってか」
「ば、バカ!そんなんじゃねーワ!」
「隠すな隠すな、お前は二本の尻尾がすぐ絡まるからバレバレなんだって。」
「え、ウソ!」
「みぃーんな知ってる事だ、だからお前はカードゲームじゃ勝てないし、騙し合いなんかにも向かねぇのさ。この前の鏡の世界の報酬だって全部巻き上げられたろ?」
「あいつらぁ~!私をカモにしやがってぇ覚えてロ!」
自分の知らなかった癖により賭け事で負けてた事を知り、怒りで尻尾の毛が逆立つ。尻尾は確かに絡まっていた訳なのだが…。
援軍を送っているのはゴラート連邦だけでは無かった。
と言っても援軍と言うよりは艦でカークト帝国に帰っていったクーデリアが魔道通信による救難信号を聞き艦隊を反転させただけなので戦闘員自体は多くはないが、誰の眼にも不安は無かった。何故ならばこの艦隊にはカークト帝国最高戦力の一人である【電撃の魔女クーデリア】がいるからと。
クーデリアは旗艦の提督席に座っており、足を組み直すと口を開く。
「船長、到達までどれくらいだ?」
「はっ、もう間もなくですクーデリア様」
「海から陸の魔物が押し寄せるとはな…どんなカラクリにしろ、策を実行してる奴は海にいるだろう。何か見付けたら余に報告しろ」
「畏まりました」
「くっくっく、あの男はどう踊っているか…今からどう笑わせてくれるか楽しみだ」
ワインを一息に煽ると、心底愉快そうに笑みを浮かべるのだった。
一方その頃、避難所に戻ってきたヴィーアとラン。道には出発前に無かった魔物の死体が増えており、中庭には犠牲者の遺体も安置されている。
「おーう戻ったぞ」
「お帰りなさい、ヴィーア様!とその方は…」
「無事で何より…どうして貴方は抱っこされているのだ?そう言うプレイなのだとしたらここには子供の避難民もいるから見えないところでして欲しいのだが…」
「ちげぇわ!ランちゃんが離してくれねぇんだよ!おいランちゃんもいい加減怒るぞ!離さないと嫌いになるぞー!」
「それはダメ」
「バカタレ急に離すな!」
あの後、何故か過保護になってしまったランはヴィーアをお姫様抱っこして避難所まで戻ってきたのだが嫌いになると言われ急いで離した為に、ヴィーアは尻から地面に落ちて悶絶するハメになった。
立ち上がってズボンの埃を払っているとアデルがやってくる。
「戻ってきたか若いの、無事に助けられたみてぇだな」
「お前は出迎えに出てこなくてもいいんだよ、あの双子を出せ…あ、そう言えばババアは助けたんだろうな」
「もちろんだ、酷い怪我だったが…大した婆さんだよ、傷口を炎で焼いて止血していたよ、今は治療中だ。あとクアールは前線だがラマイターの方はちょっと怪我をしちまってな、大した傷じゃないが今治療している」
「なんだと!なんでお前は戦わねぇんだ、お前が代わりに行けばいいだろう!」
「そうしてぇところだが、あいつらに脱出計画の絵がかけるとは思えねぇ。だったら得意な事をさせた方が良い、適材適所ってのも上の仕事だ」
「そうだぞヴィーア殿、アデル大将は休まず働いている」
「ふん、何だろうと俺の女が怪我するのは気に入らんかっただけだ」
「おいおい、人の組のモンを一回寝たくらいでテメェの女扱いするな」
「ふははは!寝取られて悔しいのか?お?お?」
「チッ、そんなんじゃねぇよ」
ヴィーアが憎たらしい小躍りをしながらアデルの周りを回っているとドアが乱暴に開け放たれ、治療の途中で抜け出したのか所々包帯がほどけたラマイターが怒りに満ちた表情で出てくる。
「クソが、クソが!麻痺が完全に抜けてりゃあんなカスにやられなかったのによ…あぁイライラするぜぇ」
「なんだ、元気そうだな」
「おーヴィーアじゃねぇか!」
「んっ」
先程までプリプリしていたラマイターがヴィーアを見付けると笑顔になり、いきなり口付けをした。
少し驚いたヴィーアだが、すぐに舌で出迎え、尻を鷲掴みにし頭に手を回しながらアデルに勝ち誇った目を向けると、アデルはまた舌打ちをした。
「カカッ!気分がマシになったぜ、もう麻痺も抜けたから今度はアタイが上に乗って…いや後にしておこう、今は姉貴を助けに行かねぇと」
「なんだヤらんのか、そこの物陰でサクッと済ませてもいいぞ」
「そうもいかねぇんだ、もう抑えられんくらいの物量だ。さっさと逃げねぇと、逃げることも出来なくなる」
「そんなにか」
「ラマイター、クアール達前線部隊に伝令だ。今から脱出する、避難民を逃がす距離を稼ぐためにしんがりを頼むと。ルートは北西に向かい商人通りを抜け城に入る、途中の家をぶっ壊してでも道を塞ぎながら下がってきてくれ。遅滞戦術だ」
「はいよ、任せな!じゃあ後でなヴィーア」
「おう、もう怪我すんなよ」
軽食をつまみ、矢を補充したラマイターは颯爽と駆け抜けて行った。
「さて若いの、他に助ける奴がいてもいなくても時間切れだ。約束通り逃げるのに手を貸して貰うぞ」
「ん、あぁそうだな、確かにこれ以上は無理か…」
脳裏に浮かぶはどこへ行ったか分からないオリービアの事だった。




