とうてんが自慢のレストランです
「とうてんが自慢のレストランです」という看板が、私の空腹を刺激した。はて、『とうてん』とは『当店』という意味だろうか。それ以外ないと思う。ならばなぜ漢字にしないのか。
ともかく腹が減った。怖いもの見たさも乗じて、店の中に入る。
深茶色のフローリング、窓のない壁、安っぽい電灯、そしてイスとテーブルが一桁。清潔すぎる匂いの中、客は一人もいない。
入店の際に鳴ったベルに釣られてシェフが来た。店主でもあるのだろう。よくいる白い姿で応対してきた。
「いらっしゃいませ。とうてんが自慢のレストランにようこそ。お客様は大変お目が高いですな。このような料理を出す店は古今東西どこに居てもございません」
と一息で喋り、頭を下げてきた。
「さぁこちらへ」
言語化しえぬ違和感に苛まれながら店に通されれる。意外にも入口に近い席。遠くまで連れられ、逃げられなくされると思ったのだが。
「ではメニューをお選びください」
メニュー表を渡された。目を通そうとして、視線を感じる。シェフはまだそこにいた。
「失礼だが」咳払い。「なぜそこに?」
「ええ料理はすぐにでもできますので」
「なんだ、冷凍でも使っているのか」
「とんでもない! どれも新鮮採れたてですよ」
無意識に疑惑の目を投げてしまった。彼は臆せずに笑っている。
改めてメニューを見る。シェフ同様、これも珍妙であった。
「、」「……」「。」「『』」「()」などしかなかった。
「なんだね、これは」
「読点などですね」
「当店?」
「いえ読点ですね」
「文章の途中にある、あのちょんとしている?」
「はいそれです」
この店ご自慢のとうてんとは、読点だったのか。何も食べていないがいっぱい食わされた。
だが怒鳴りつけるつもりはなかった。腹が空いていたので、正常な思考が働かなかったのだ。たとえ毒だとして、今はどうでもよい。
「ではでは……店の誇りたる読点とやらをいただこうじゃないか」
シェフは腰が心配になるほど頭を下げた。
「は、い、こ、ち、ら、が、と、う、て、ん、で、す」
かなりの数が並んだ。テーブルの上に並ぶそれらをナイフで切り分け、口に入れていく。知らない美味が舌に広がる。なんとも形容しがたい味だ。どうにも味の続きが気になる。なので後味も噛み締めず次々食した。
結果。「はいこちらがとうてんです」となった。かなり余った。
「これも食べられるのかい?」
「もちろんです」
ならばと頬張る。一つ一つ味が違う。特に気に入ったのは「ん」だ。「ち」や「い」などは似た味がする。けど「ん」は唯一無二の味わい。一つしかないのが実に惜しい。
食器を置く。「」しか残らなかった。
「では」気を良くした私はシェフに言う。「次は句点を食べたい」
「はい。句点。これはとてもおいしいですよ。貴重ですので。はい」
食べてみる。「ん」と似たような、しかし食べやすい味だった。かなり濃く、口直しが欲しいところだ。なので漢字にいってみたのだが、これは失敗。とてもおいしいが強烈な味。濃さと重さが段違い。「おいしい」と一緒に頂いて、難を逃れた。
残ったのは「はいこれはとてもですよですのではい」だ。
「お客様」シェフがにんまりとする。「サービスで濁点をつけさせていただきます」
すると「ばいごればどでもでずよでずのでばい」となる。
コショウのようにスパイスの効いた、いい味だ。しかし主張しすぎることなく、感性に溢れている。
「いれもよのに」が残った。デザートのようにいただく。「」が残る。現在「」が二つある。
「キミ」私はシェフに言う。「三点リーダーと括弧をくれ。残った「」に入れてな」
「……かしこまりました……この中に……入れれば……よいのですね……」「それなら(つまり、そういうワケなら)このようにして(少々不格好ではありますが)お出しします(提供という言葉でもいいですね)」
三点リーダーは深い思慮を感じる味わいだった。点がそれぞれプチプチと食感も愉快。括弧は、これも考えを楽しむ不思議なものであった。他の言葉と共に口に入れると、また違う風味になる。特に()は中と一緒にいただくと旨い。おにぎりみたいなものだ。
また「」が二つ残った。これも食べられそうだ。一口。ポリポリと、いい食感。何かを話したくなる気分だ。締めにいい。
そして、 が残った。いや、完食したのだから何もないのだが。
シェフにデザートを要求しようと目を向ける。彼は申し訳なさそうに目を細め、頭を下げる。
「もう品切れです。お客様」
「むぅ。しかし旨かったよ。これはここでしかないのかい?」
「いえ、どこにだってあります。貴方のそばにもずっと」
「では探してみるよ」
会計をし、外へ。リピートはするとして、まずは読点探しを……おや。
ふむ、ふむ。……なるほどな。これは(確かに)これは(ある)。
では、いただきます。
わたしは街を行くもうすっかり夕日に飲まれた人の巣子供も大人も帰路へ立ち夜を迎えようとする私も帰宅の道を進む美味とは家庭や道路にあるのかもしれない
もっと食べられそうだ。
、。、……? 。、、。、。。。
! 、……。
こういうのはジャンルに困る。