<キール>
首枷をしているだけでも鬱陶しいのに、その上ずっと頭に霞がかかっている。全てが他人事のように感じる。
今週末にソフィアと式を挙げるのが自分だと言う事はわかった。イリーナ以外のひとと結婚する気はない。ぼんやりした頭でも、それだけははっきりしていた。逃げ出したくても、人目があって狼になることも叶わない。
体は動くが、水の中で鎧を着て動いている様な緩慢な動きしかできない。先ほど飲んでしまったワインの中にも何かが入っていた。毎度の食事にも何かが混ぜられている。分かっていても、目の前に出されてしまうと食べずにはいられない。きっと、中毒性もあるのだろう。
「可哀想なキール……」
ソフィアが呟いて、身を寄せてきた。遠ざけたいと思っているのに、腕が勝手に彼女の肩を抱く。
「でも……。絶対に振り向かないと思っていた貴方が、意図していなかったとしてもこうやって、私の方を向いてくれている。私にはそれが嬉しいし、悲しい。心の底から私の事を見て欲しかったけれど、それは望んでも得られないから、せめて形だけでも、こうして側にいてほしいの」
ソフィアの瞳には諦めた様な透明な哀しみが浮かんでいた。バーベリはソフィアを傀儡にするのに、私と結婚させてやると持ちかけたのかもしれない。彼女の気持ちを理解する事はできても、望みを叶えることは出来ない。
私が求めて止まないのはイリーナ一人。それは魂に刻みつけられていて、消えることがない。
イリーナを食い殺せば、生涯ずっと今のように人型で過ごし、好きな時に狼になれる事も知っていた。けれど、彼女を食い殺すことなど出来ない。それ位なら、自分が魔物に食い殺された方がマシだ。
魔物に拒否されない限り、人狼が他の者と添うなどとは、あってはならないこと、言われ続けてきた。けれど、側にいたい理由は、そんな事ではなく彼女の幸せを近くで守りたいから。彼女がそれを望んでくれたから。
しかし、このままいくと、イリーナではなくソフィアと結婚する事になってしまう……。
枷が外されるのは、結婚式当日だけだろう。何をしようとも、式を成立させてはならない。枷さえ外れれば……。




