<イリーナ>
ジーナは夫のゲラシメンコ侯爵と王城の舞踏会に参加し、舞踏会の様子を知らせにヴォルカ城に来てくれた。舞踏会の途中から、ゲラシメンコ侯爵も含め周りの人々の様子がだんだん、おかしくなってきたと言う。侯爵は今も、まだ少し様子がおかしいらしい。
ジーナの話では、最初こそ、お母様の不在にバーベリが関係しているのではないかとか、私の裏切りなどがそこかしこで噂されていたのだが、舞踏会が進むにつれて、誰も何も言わなくなっていった。踊ったり、食べたり飲んだりしてはいるが、表情がなくなり、全ての動作を無意識にしているという感じで、ちょっと「薄気味悪かった」と。
ジーナはゲラシメンコ侯爵に「少し太ったね」と言われたのを気にして、ダイエットに励んでいた為、舞踏会では何も口にせず、こっそり持ち込んだ薬草ジュースだけを飲んでいたそうだ。ジーナは全然太ってなどいないのに、気にしすぎだと思う。でも、私もキールにそう言われたら、お菓子をつまむのをやめて薬草ジュースを飲むかもしれない。
「多分、舞踏会で出された飲み物か食べ物に、何かが入っていたんだわ。遠くからしか見えなかったけれど、兄さんもソフィア姫との婚約発表、と言われてもぼんやりした感じでした。もしかしたら、フェオドラ様を人質に取られているせいかもしれないけれど」
キールはお姉様との婚約を喜んで受け入れたわけではないのかもしれない。抵抗しなかったのは薬と人質のせい。お姉様もお母様が人質だから、受け入れたに違いない。そう思うことにした。
「キールは、その、首に何か付けていなかった?」
「特に何も付けていなかったと思いますけれど、首飾りとかでしょうか?」
「いえ、それなら良いの。その後、侯爵のご様子は?」
「舞踏会から戻っても夫の様子がおかしいままです。何というのかしら、家令や代官と打ち合わせをしたり、領民の訴えを裁いたりはするけれど、何だかぼんやりとしたまま、行動しているという感じなのです。私に対していつもは……」
ジーナはそこで、ハッとした様に黙って顔を赤らめて咳をした。
「いつもは? ジーナ?」
ジーナはイリーナから視線を外して答えた。
「気遣ってくれるのだけれど、……心が入っていないみたいな感じなのです」
「それは心配ね……。ジーナは早く侯爵の元に戻らなくて良いの?」
ジーナは報告だけすると、急いで帰っていった。「いつもは……」の続きが気になったけれど、引き留めてまで聞く話ではないと思った。
ジーナの話から、キールもゲラシメンコ侯爵たちと同じ様に薬を盛られているのは間違いない。こんなことなら、ルカを帰国させずに此処へ連れて来れば良かった。ルカなら、何の薬を盛られたのか、何の解毒剤が必要なのかきっとわかったに違いない。
バーベリも流石に舞踏会に首枷をつけたままキールを出す事はできなかったのだろう。そうだとすれば、次に枷が外れるのは、お姉様との結婚式。
でも……。晴れやかな笑顔のお姉さまの手を取るキールの姿など見たくなかった。どうしたら良いのだろう……。




