<イリーナ>
ルカが馬で走り去るのを見送ると、お祖父様が声をかけてきた。
「折角、逃シタノニ、マタ捕マッテシマワナイ様ニ、国境マデ、付キ添オウ。」
ルカに見つからない様に、ルカが無事に国境を越えるまで並走した。無事に国境を越えていくルカに小声で「さようなら」と呟いた。お祖父様が揶揄う様に「好キダッタノカ?」と聞いてきた。
「少しだけ」
「サゾカシ、アノキールガ、ヤキモキシタデアロウ」
そう言うとお祖父様は可笑そうに笑った。
「キールは私の事を婚約者としては大事にしてくれるけれど、好きなのかどうか……」
いつも優しいお祖父様が牙を剥いた。
「ソレダケデ、十分デハナイカ?」
キールが小さい頃からお祖父様の厳しい特訓に耐えたのは、将来王配として私を支える為だと、お祖父様は言った。血を吐く様な、身体中傷だらけになる様な訓練をしても、キールは音を上げなかったと言う。目の上にできた傷はその時のものらしい。
お祖父様の方がやり過ぎたと心配になっても、「イリーナを支えるために必要であれば」と倒れるまで止めなかったと。「好き」とかそんな生やさしいものではなく、支える為に存在していると分かっているのだと。
人狼は魔物の虜になる。それは、人狼にとって魔物が想像を絶するほど、美味だからだと言うこともあるらしい。触れるだけでも、心地良くなる程だという。魔物を食べた人狼は魔物がいなくなっても、ずっと人型を保つことが出来る。中には死の間際に、自分を食べる様に促した魔物もいたと言う。
小さい頃から仲良く一緒に育てるのは、魔物が自らの力に気づく前に、人狼が食べてしまう事を防ぐためもあるのだと。親愛の情が湧けば、まだ力のない時や、諍いの弾みで食べてしまう事がないようにと……。
「キールノ、オ前ニ対スル感情ハ、好キダノ嫌イダノトソンナニ単純デ生ヤサシイ物デハナイ」
お祖父様はそう言い切った。私は何も言えなかった。私は、またさらにキールの顔を見られなくなってしまった。キールにとって、私は美味しいのだろうか……。よく頬を舐められていたのは、美味しかったからだろうか……。
お祖父様は森へと戻って行った。ヴォルカ城に戻ると、マルティンやアキムが姿の見えなくなった私を心配して探していた。久しぶりに開かれたと言う舞踏会に参加したジーナが、とんでもない話を持って帰ってきたのだと言う。
アキム曰く「兄さんとソフィア姫が婚約した」と言うものだった……。




