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<ルカ>

 後ろ手に枷を嵌められていたのは最初だけで、今は前にしてもらっている。図書館に篭ってばかりいるせいで、僕は逃げないだろうと思われているのか、行動は比較的自由だった。見張りも部屋にいる時は、部屋の外に立っているだけで、中まで入ってはこない。

 首枷を付けられ、鎖までつけられているキールとは大違いだ。何故、そこまで警戒されているのだろう? 僕と違って優秀な兵士だからだろうか? 


 昼間の間、王立図書館へ行かせてもらい、貪るように本を読んだ。デルベルグ城の王立図書館よりも遥かに充実している。

 父がオルロフ国に滞在中、暇さえあれば図書館に入り浸っていたのがよくわかる。生きていれば、父と僕はきっと、薬草についての本を挟んでいろいろな話ができたことだろう。女王はきっと、この書物を読んで毒に体を慣らしていたから、僕の作った毒が効かなかったのだと分かった。


 図書館の奥には厳重に鍵のかかった部屋がある。僕を見張っている者や、王立図書館の人に聞いたが、中にどんな本があるのかは教えてもらえなかった。彼らも中に入ったことがないと言う。鍵を持っているのは女王と侍医と数名の貴族のみだと言っていた。


 図書館が閉まる夜には部屋に戻った。キールは毎晩、鎖を付けたまま、イリーナの姉となんとか侯爵たちと一緒に夕食を食べに出て行った。戻ってくるのはかなり遅い時間だ。どこで何をしているのやら。戻ってくる時にはいつも、部屋を出る時にはしなかった、香水の匂いを染みつけたまま戻ってきた。


 あの鎖をつけたまま、誰かといい仲になることは出来ないだろうとは思うものの、今この城で力を持っている者と繋がりのある者が相手であれば不可能ではないかもしれない……。問いただそうかと思ったが、奴のことを気にし過ぎているように思われるのも癪だったため、聞かなかった。イリーナが泣くような事だけはしてほしくなかった。



 バルコニーの窓をコツンと叩く音がした。気のせいかと無視していると、再び、コツン。何度か続いたので、気になって見に行ったが、何もない。手すりに鳥が留まっているだけだ。念の為、窓を開けてみると、鳥の様な物からイリーナの声がした。


「ルカ、開けて。静かにね」


そっと、開けると小さな黒い生き物が入ってきた。慌てて蝋燭を取りに行き、生き物に光を当てる。


「眩しいから、下げて。私よ、イリーナよ」


小さな魔物が必死になって喋っている。イリーナの事を考えていたから、幻でも見ているのだろうか? 


「キールから、あなたを逃す様に言われたの。だから、一緒に来て」


「あいつから僕を逃す様にって?」


「お母様は地下で厳重に見張られているから、今すぐ逃すのは難しいけれど、あなたなら何とか逃すことが出来そうだから」


見捨てるつもりはないって事か。しかも、イリーナに依頼するなんて、どこまでお人好しなんだ。結構、いい奴なんだよな……。


「わかった。どうすればいい?」



 数分後、僕は元の大きさになった魔物のイリーナに軽々と抱えられ、城の上を飛んでいた。か弱いイリーナに抱き抱えられるなんて思っても見なかった。いつか、キールの様にイリーナを軽々と抱き上げるのを夢見ていたのに、全く逆だ。魔物に触れられるのは怖かったが、空を飛んでいる事で何とも言えない高揚した気分になった。城の外に馬が一頭用意されていた。


 魔物姿のままイリーナが言う。


「ルカ、お母様を救ってくれたのはルカでしょ? 有難う」


頷くと、魔物のまま手を握ろうとした様だったが、思わず僕が後退りしたのを見て、思いとどまった。イリーナは自分の鉤爪を見てから、小さな溜息をついた。


「ヘレナさんの所に戻って。王を失って国が混乱したら、ヘレナさんはどうなるか分からない」


その言葉を聞き、僕は恥ずかしくなった。彼女は魔物の姿をしているけれど、紛れもなく人の心を持っている。僕の母を心配してくれている。


「イリーナ、有難う。困ったことがあったら、いつでも呼んで。きっと、助けに行くからって、その前にキールが君を助けてくれるんだろうけど……」


その言葉を言い終わらないうちに、魔物に抱きつかれた。襲われたのかと思ったが、違うと思い直した。彼女はイリーナだ。


「有難う、ルカ」


 もう二度と彼女に会うことはないだろう。少しは僕のことを好きな気持ちがあったのか、聞いてみようかと思ったが、やめておく事にした。

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