<イリーナ>
キールが繋がれているのも、お姉様と寄り添いあって踊っていた事も、私の胸を内側から切り裂いた。二人が結婚? 信じたくなかった。けれど、目の前でキールは私と踊った時とは違い、お姉様と体を添わせて踊っていた。お姉様のうっとりした表情。
けれど、いつもと変わらないキールの甘い態度。どう考えて良いのかわからない。意識して見ていたことがなかったから、キールが誰にでも優しかったのかどうか分からなかった。
掌に乗せられた時に、抗議の意味を込めて少し暴れると、掌を傷つけてしまった。キールの顔が近づいてきて、不意に「ゴカイニン」の話を思い出し、どうしたらいいのか分からなくなってしまった。
キールは魔物姿の私にすら、唇を寄せてくる。掌に包まれているだけで、抱きしめられているような気分になるのに、そんな事をされたら人の姿に戻ってしまいそうになる。早く、手の上から逃れたかった。
だから、空に放たれた時はほっとした。同時に手の温もりが消えた途端に心細くなった。
安全なヴォルカ城に留まって、と言われても、首に枷をつけられ人質を取られたキールを放っておくことはできない。なんとかしなければ……。
お母様が無事と聞いて、ほっとした。助け出せないまでも無事な姿を確認したくて、半地下の窓へと飛んだ。地下の部屋の窓辺に降り立つと、部屋の中で蝋燭の炎が揺らいでいるのが見えた。
窓をコツンコツンと叩く。鉄格子のはまった窓が細く開いた。素早く中に飛び込む。
「ニコライ、どうかしましたか?」
「窓を叩く音がしたので、開けてみたら小さな鳥が飛び込んできたようです」
姿を見られないように蝋燭から離れた所に降り立ち、お母様を見る。思っていたよりお元気そうで安心して涙が溢れそうになる。キールからルカが部屋にいると言われたけれど、どう言うことなのだろう? ルカがお母様を救ってくれてのだろうか?
「イリーナ?」
不意にお母様に名前を呼ばれた。
「フェオドラ様?」
ニコライの問いかけを無視して、お母様は立ち上がり私が蹲っている所へ来た。そっと私をつまみ上げて、包み込む様に掌に乗せられた。
「私にもヴォルコフの血が流れているのです。だから人より鼻も目も良いのですよ、イリーナ」
お母様には私がわかる。嬉しかった。
「お母様、石を取り戻しました。きっと、助け出しに参ります」
「キールはどうしたの?」
「兄様は……鎖に繋がれています」
お姉様と踊っていたことは、言えなかった。
「何てこと……。誇り高いヴォルコフの者が鎖に……。私が人質になってしまっているから、逃げることが出来ないのね……」
「イリーナ姫がいらっしゃるのですか? フェオドラ様? 儂にも姿を見せてくれないかのう?」
お母様が頷いたため、蝋燭の灯りのある机に飛び乗った。影が本来の大きさを取り戻し、壁の上で揺れている。それを見てもニコライは驚かない。
「ヴェロニーカ様とそっくりじゃ……。姫のお祖母様のヴェロニーカ女王様のお姿も拝見しておるから、姫の姿も見てみたかったのじゃよ」
私は驚いてしまった。魔物を怖がるのが人として当たり前だと思っていたのに、ニコライは「そっくり」だと言う。
「ニコライは……怖くないの?」
ニコライは声を顰めて笑った。
「侍医を何年やっていると思っておりなさる? ヴェロニーカ様のお姿も何度も拝見しておったし、キールの傷の手当ても何度もしておる」
「キールが、傷を?」
野犬に囲まれても、傷ひとつ負わなかったキールが傷を負うなどとはどんな状況だったのだろう……。
「イリーナ、私だってあなたを恐れていたわけではないのですよ。まだ石もなく、訓練の出来ていないあなたが私を襲ったと後で知ったら、あなたは自分を許せないでしょう? それに、自分と向き合う時間が必要だったのですよ。最初から指輪を持っていたお祖母様も、この部屋に半年入っていたと聞いています。まぁ、二年は長過ぎて、可哀想でしたが」
「お母様……」
その場で人の姿に戻って、お母様に抱きしめてもらいたくなった。けれど。
「その言葉を頂けただけで、十分です。必ず、助けに参りますので、もう暫くのご辛抱を」
お母様は頷いて「いきなさい」と仰った。私には「生きなさい」と聞こえた。




