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<イリーナ>

 ヴォルカ城に早馬が駆け込んでくるのが窓から見えた。私は公爵の部屋へと急いだ。すでにアキムが中にいるらしく、マルティンと言い争っているような声が聞こえてきた。


「あり得ません! 兄さんの気持ちがソフィア姫に傾いて、二人が結婚するだなんて!」


何かの聞き間違いだと思った。キールが、お姉様と結婚?

 

「バーベリがそう言っているらしい」


「単なる、バーベリの戦略かもしれません。イリーナ姫を誘い出そうと言う手口かもしれません」


思わず、ノックもせずに部屋の中に入ってしまった。淑女としては失格だ。


「何故、私を?」


二人はギョッとしたように、私を見た。マルティンは「後は任せた」とでも言うようにアキムに視線を投げ、私に軽く礼をして、そそくさと部屋から出ていった。アキムは溜息を一つついた。


「兄さんに言う事を聞かせようとするなら、イリーナ姫を人質に取るしかないからです。その噂を聞けば、姫が確かめにくるかもしれないと……」


「そんな、婚約しただけで、キールからは……まだ何も肝心なことは言われていないわ……」


婚約こそしているけれど、キールの口から愛の言葉らしき言葉を聞いたことがない。


「何も? 肝心なこととは? 何も言わなくても、兄さんは熱烈に姫を想っているのですよ。もしかして気がついていないんですか?! 兄さんの態度を見れば一目瞭然です!」


何故か、アキムの口調は怒っている様だった。ルカと違って、「好き」と口には出さないキール。でも、人に戻れない覚悟を決めてまで、私の好きなようにさせてくれようとしたキール。いつも側にいてくれた……。


 けれど時間が経てば私と似ていると言われるお姉様に、気持ちが傾いてしまうかもしれない……。でもきっと、アキムの言うことが正しい。そう信じることにした。そう言い聞かせても、涙は勝手に転がり落ちていた。キールに会って確かめたい。


「あ、あ〜……。イリーナ姫、泣かないでください……。姫を泣かせたなんて知られたら、兄さんに殺されてしまいます〜……だから、父上は部屋を逃げ出したのか……」


「アキム! あんたなんで、姫を泣かせているの!!」


 部屋の前を通りかかったジーナに、アキムはこっぴどく叱られた。私がアキムのせいじゃなくて、勝手にキールに逢いたくて泣いているのだと言った途端に、ジーナから抱きしめられた。



 無事になんとか魔物姿で小さくなることが出来るようになった。お祖父様の背にしがみついて、こっそりとヴォルカ城を後にする。ヴォルカ城からツアーモック城までは馬車で二日間かかるのだが、夕方に出発して、日が落ちる頃にはツアーモック城に着いてしまった。振り落とされないように、しがみついているのが精一杯だった。


「ナカナカ早カッタロウ? マダマダ、キールニハ、負ケヤセン」


 お祖父様は誇らしげに呟いた。



 新月の晩だった。お祖父様は城近くの森に姿を隠して待っていてくれる。途中で予期せぬことが起こったらと心配になったけれど、ここからは私一人で行かなくてはならない。お祖父様は元気づけるように頷き、私の背を押した。



 私は小さい魔物姿のまま城に向かった。生まれた時から住んでいる城を外から眺めるのは初めてで、不思議な気分だった。どこに何があるかは外からでも大体わかる。


 兵士の真横を通っても虫くらいの大きさの私は、新月の暗闇に真っ黒な体が融け込み、気づかれることはないだろう。「大丈夫、見つからない」、と自分に必死に言い聞かせても、体は勝手に震え続ける。あまりの緊張に心拍音が兵士たちに聞こえてしまうのではないかと思った。



 キールがいるはずのヴォルコフ公爵家の部屋へ飛んでいき、中を覗いた。ルカがいることに驚いたが、まずはキールを探さなくてはならない為、そのまま城の外を飛び続ける。


 城全体をどす黒い空気が覆っている。他の人には見えないのだろうか? 私が近づいた所はどす黒い空気はへこんで消える。近づきたくなかったけれど、城全体を覆っている為、城の中に入るにはどす黒い空気に覆われた中に入るしかない。


 お祖父様は教えてくれた。

人狼と違い、魔物には鋭い嗅覚が備わっていないが、お祖母様はいつでもお祖父様の居場所を探し当てた。魔物には嗅覚の代わりに鋭い勘があるのだと。気持ちが惹かれる場所へ行けばキールに逢えると。


 微かな音楽が聴こえてきた。キールと初めて踊った曲。音楽に引かれるように舞踏会室へ向かう。硝子張りの室内は仄かな明かりが灯り、中が良く見えた。


お姉様がキールの肩に頬をつけて、体を密着させて踊っていた。キールはぼんやりと、どこか遠くを見ているようだった。時折、お姉様から何か囁かれ、頷いている。


 噂を聞きつつも、キールはいつも私の側にいるのが当たり前だと心の奥底で思っていたのかもしれない。そんな私の傲慢さを嘲笑うかの様に、お姉様の嬉しそうな笑顔が目に飛び込んでくる。やっと、逢えたと思ったのに……。お姉様とあんなに仲良くしているなんて……。


 胸を刺されたような痛みに貫かれ、身体中の力が抜けてしまい、バルコニーの床に墜落した。嘴が床に当たり、コツンと小さな音をたてた。

その音で、キールがバルコニーの方を向いた。


 キールが首枷をはめられ、鎖で繋がれているのが見えた。

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