<イリーナ>
ジーナがヴォルカ城を訪ねてきた。私がいるのを見て、驚いたようだった。アキムは「姫は攫われただけ。ソフィア姫が勝手に話を作って吹聴している」と庇ってくれた。
仕方がなかったとは言え、ルカと自分の意思で王城を出てしまった事に違いはなかったので、黙っていた。ただ、「キールが探しに来てくれて、本当に嬉しかった」と言うと、ジーナはその言葉を信じてくれた。
「あんなに、『兄様、兄様』とくっついて回っていた姫が、駆け落ちなんてするわけがないものね。兄さんならきっと、地獄の底まででも姫を探しに行ったでしょう。それにしても、ソフィア姫、王位に目が眩んだのかしら? それとも、兄さん?」
アキムが慌てて、ジーナを黙らせた。
「お姉様がキールの事を?」
アキムは私が魔物になるのではないかと恐れたらしく、ジーナを咎めた。
「ソフィア姫には一族のヴォルコフ伯爵家のマクシムがいるじゃないか。イリーナ姫の前で変なこと言うなよ」
ジーナは魔物や狼の話は知らないので、一向に頓着せずに言った。
「あら、だって、彼女は昔から兄さんの事を好きだったのよ? 姫は知らなかったの?」
つい最近まで、キールはいつでも側にいて、兄の様に接してくれるのが当たり前と思っていたせいか、気がつかなかった。アキムを見ると、溜息をついていた。本当のようだ。
「イリーナ姫、安心してください。兄さんは昔から、姫一筋だから」
ジーナは、アキムと双子で、隠し事のできない、さっぱりした性格の持ち主だった。二人とも、黒髪で瞳の色は青い。キールだけが、金色の瞳を持っている。ヴォルコフ家に生まれる狼だけが持つ瞳。早く、あの宝石の様な瞳をもう一度見たいと思った。
夕食の後、ジーナの部屋に誘われた。ヴォルコフ家の家族は緑茶が好きなようで、ジーナが緑茶を用意して待っていた。
「たまには、私たちだけでお話ししましょう」
ジーナが聞きたがった為、城を出てから戻ってくるまでの話を、差し障りのない部分だけ選んで慎重に話した。
「イリーナ姫は本当にお城から出たことがなかったのね。今度、市場に一緒にいきましょうね。王城に近い市場がいいかしら?」
キールの活躍は、どうしても狼になってしまう事を話さなければならない事が多い為、カラナス居館に現れた辺りから登場させる事にし、あとは省いた。
「イリーナ姫は、その後、ずっと、朝から晩まで兄さんと一緒なのでしょう?」
「えぇ、キールが側にいてくれると安心するわ」
「その、兄さんと、毎晩一緒だとアキムから聞いているけれど……」
ジーナの言いたいことがわからず、思わずキョトンとした。
「ソフィア姫が、あらぬ噂を立てているから、その、毎晩一緒というのは、あまり、良くないのではないかしら……」
「何故? 小さい頃からずっと一緒なのに?」
「もちろん、女王陛下も婚約を認めているし、二人は小さい頃から一緒だけれど……。その、今の時期に姫が万が一、ご懐妊となると、ソフィア姫の噂を信じている人から見れば、兄さんとのではなく、その下男とのと、誤解を受けるのではないかと思って……」
「ゴカイニン? ジーナ、どういう意味?」
「もしかして、私、差し出がましいことを言ってしまったかしら? ごめんなさい……」
「?」
「も、もしかして、姫は知らないの? いや、だからと言って、兄さんが知らないわけはないし……。兄さんはイリーナ姫を熱烈に愛しているのだから……毎晩一緒にいれば……」
ジーナの言葉は最後は消えいるような独り言になった。ジーナの言いたいことはさっぱりわからなかった。それに、キールは一言も「好き」とも「愛してる」とも言ってくれない。「熱烈に愛している」だなんて、ジーナの勘違いではないのかしら。
ただ、ジーナが酷く驚いていることだけはわかった。結局、ジーナから「ゴカイニン」にまつわる衝撃的な話を聞いてしまった。
後から部屋に入ってきたジーナの母親のアンナは私が真っ赤になった後、真っ青になったのを見て、青くなった。ジーナが私を誘って話を、と聞いて慌てて駆けつけたのかもしれない。
「イリーナ様、ジーナの話で驚かせてしまい、申し訳ございません。マーサから聞き及び、徐々にお話しようと思っていたのですが……」
アンナは自分の産んだ息子が人狼であり、狼姿で私に添い寝をしている事を知っていたようだった。その上、それをお母様とマルティンが公認している事も知っている様子だった。そう思ったのは後のことで、ジーナから話を聞いた直後、私はパニックに陥った。
ジーナはオロオロしながら、私の背に手をやり落ち着かせようと撫でてくれた。
アンナは慌てて、ジーナが話した事は大事な事で、世継ぎを産むためには必要な事なのだと私に言い聞かせた。
キールから何度か嗜められたことや、溜息をつかれた事を思い出した。今になって、やっと意味がわかった。キールが戻ってきたら、どんな顔をして会えば良いのかわからなくなってしまった……。聞いてしまった後では、もふもふで添い寝をせがむことなど、到底できない。
もふもふで添い寝を手放す日が来るなんて……。




