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<キール>

 失礼にならないように、ソフィアを引き剥がし、「時間が欲しい」と言って目の前で、音を立てない様に扉を閉めて鍵をかけた。ルカが扉を閉める前にちらっとソフィアを見ていた上に、二人のやり取りを聞いていたようだ。ルカは胡散臭そうに私を眺めている。


「ふぅ〜ん、あんた随分好かれてるんだな。『時間が欲しい』って、美味しい方へ行こうとか考えているんじゃないだろうな? ちらっとしか見てないけど、彼女、イリーナによく似ているしな。イリーナはどう思うんだろうな」


「探るための時間稼ぎだよ。好かれているのではなく、私の協力が必要なだけだ。城内を探ってくるから、準備だけはしていてくれよ。誰か来たら、適当に庭にでも行ったと言っておいてくれ」


 どの階にもフェオドラ様の匂いがなかった為、勘を信じて仔狼になってイリーナのいた地下へ走った。


 地下への入り口には兵士が三名立っていたが、兵士の間では私がよく仔犬を連れてくる話は有名だった為、咎められずに地下へ降りることができた。



 イリーナが地下を出てから、もう何年も経っている様な気がしたが、実際はまだ一ヶ月も経っていなかった。


 イリーナがいた地下の部屋から、フェオドラ様の匂いを嗅ぎ取った。一旦門番の部屋に行った。入り口には兵士がいたが、門番の詰所には人がいなかった為、人型に戻り、そこに置いてある門番用の服を着た。どうやら小柄なルカのサイズのようで、かろうじて着る事が出来た。なんとかボタンを嵌める事ができたが丈も短かい。何も着ないよりはマシだと我慢した。

 念の為、外からかけることのできる鍵を持っていく。



 地下の扉の小窓を開けると、中からフェオドラ様と侍医の匂いがした。小窓から中に向かって、密やかに声をかけた。侍医のニコライが気づいて、扉の前まで来た。


「その声は、キールか?」


「そうです。開けてください」


「外から鍵をかけられてしもうた。今、中の鍵を開ける」


外からも鍵を開けた。念のため、鍵は戻しておく。扉を開け中に入ると、寝台に横になっているフェオドラ様が目に入った。イリーナがいた時は、毎日掃除をさせていたこの部屋は、今は誰も掃除をしないのか、たった一ヶ月ほどであるのに、埃が積もっている。


「フェオドラ様!」


駆け寄って傍らに膝をつくとフェオドラ様が薄らと目を開けた。みる影もなくやつれている。


「キールですか……イリーナはどうしました?」


「安全な場所におりますので、ご安心ください。イリーナはフェオドラ様を裏切ってなどいません。フェオドラ様の事を案じております」


フェオドラ様に聞こえるよう耳元に口を近づけて報告した。


「そうですか……」


安心したように目を閉じ、それきり目を開かない。ニコライに肩をそっと叩かれ、テーブルの方へ移動した。


「フェオドラ様は、毎日少しずつ色々な毒を飲んでいた為、毒に対して耐性があった故助かったのじゃが、未だ治らぬ。一日のほとんどを眠って過ごしている状態じゃ。キールが送ってよこした薬は塗り薬だったから、初期の頃には効いたのだろうが、時間が経ってしまっていて、効かなかったのじゃよ」


「そうでしたか……。バーベリに閉じ込められたのですか? バーベリにソフィアと結婚して王配になる様言われたのですが、何故でしょう? ヴォルコフ家を味方につけたいなら、次期当主のアキムでも良いはず」


「バーべリはお主が度々、フェオドラ様からの密命を受けている事を知っておって、フェオドラ様に、どんな事をさせていたのか聞き出そうと試みたのだが、この状態で、殆ど話が出来ぬ。仕方なく、回復を待っているようじゃ。お主がフェオドラ様から受けた密命が国にとって重要だと知ってはいるが、それが何なのかわからぬから、フェオドラ様から聞き出そうとして、生かしておるようじゃ。儂はフェオドラ様を回復させろと言う事で、ここに囚われておる。まぁ、時々、狼のお主の治療をしてはいたから薄々は分かっておるがの」


「イリーナの事は、バーベリとソフィアは知っているのでしょうか?」


「知らぬと思う。知っていたら確実に殺すか、お前かフェオドラ様を人質にして、飼っておこうとするだろう。それはお主についても同じ事。絶対に漏らしてはならぬ」


「バーベリはなぜソフィアを?」


「操りやすいと思ったのだろう。言ってはなんだが、ソフィア姫は嫁いで行く姫として育てられている。本来ならば、気立の良い優しい姫なのだが、それ故、利用されてしまうのであろう」


 侍医のニコライも代々、オルロフ王家から派生した医者の一族で、秘密を共有している。

ルカを連れてくるには三人いっぺんに兵士を倒さねばならず、一人でも騒がれたら、人が駆けつけてくる。血路を開いたとしても、フェオドラ様が自力で逃げることができなければ、二人を逃すことはできない。できることなら自国の兵に手をかけたくはなかった。


「ここには兵士たちが入ってきますか?」


「その小さい扉から、食事が差し入れられて、食べたものは隣の部屋に置いておけば、引き取ってくれるから、入ってくる事は殆どないな」


 一か八かで、ルカをここに忍び込ませてみるしか無さそうだと考えた時に、地下室に向かってくる足音が聞こえた。咄嗟に仔狼になり、ベッドの下の奥の方へ滑り込んだ。ニコライがベッドカバーを使って服と共に隠してくれた。



「鍵がかかっていないじゃない」


ソフィアが兵士に向かって咎めた。


「かけた筈なのですが、申し訳ございません。気をつけます」


「まぁ、いいわ。あの状態では何処にも行かれないもの。ニコライ、お母様の具合は?」


「お変わりありません」


ソフィアは、フェオドラ様の枕元に立った。


「お母様、教えて。キールに何を命じていたの?」


「眠っておられますので、お控え下さい」


ニコライが応じた。しばらく待っても、目覚める気配のないフェオドラ様に痺れを切らして、ソフィアは地下牢から出て行った。外から鍵をかける音が聞こえた。


「キールまで閉じ込められてしまったな」

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