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<キール>

 部屋を飛び出して、女中頭のマーサの所へ走った。


「マーサ! マーサ!!」


「キール様、何事ですか?」


「イリーナにあのような物を着せて、どう言うつもりだ?!」


「あのような物、と言っていると言うことは、やはり……。で? 何がご不満なのですか? 清楚な感じがお好みかと思ったのですが、もっとそそる様なデザインがよろしかったですか? お好みを仰っていただければ用意しますが?」


「ち、違う! そうじゃない! な、何を言っているんだ?! イリーナは寝ぼけて、昔のように私の部屋へ来てしまっただけで……」


自分が言葉を発する側から、マーサには言い訳臭く聞こえているようだ。マーサはうっすらと微笑んでいる。問題はあの寝巻きだ。普通の寝巻きで「もふもふで添い寝」だけでも苦しくなりつつあるのに……。


「とにかく! 普通の寝巻きはないのか? 私たちはまだ、結婚していないんだ」


「普通であれば、未婚の男女が二人きりで同じ部屋にいるなどとは許されない事ですが、キール様と姫様は小さい頃からずっと一緒。それは女王陛下も公認していること。昔と同じように、同じ部屋で休まれるのでしょう? 婚約もしていますしね。もう、結婚しているも同然ではないですか。キール様が大切に想っている方であれば、子供のような寝巻きではなく、美しく見せるよう装わせるのは私の務めです」


「マーサ! まだ、早いのだよ……。冗談ではなく、あれでは私が困る。イリーナを部屋から追い出すわけにもいかないし……。あんな格好では……」


途方にくれる私を見て、マーサはうっすらと事情を察したようで、普通の厚手の生地の寝巻きを渡してくれた。ホッとして寝巻きを受け取ると、マーサが怖い顔をしていた。この上、なんだ?


「言いたいことがあります」


「何か?」


「キール様がついていながら、姫様の美しい髪をあんなに短く切らせるなんて、どう言うことです?」


「あれは、イリーナが私のいない間に……」


「そんな事にならないように、ついていらっしゃったのではないのですか?」


髪の毛の為に付いていたのではないのだが……。


「不可抗力だ……」


マーサにギロリと睨まれた。素直に謝らないと、延々とここでお説教を喰らいそうだった。


「悪かった。反省している……。気を付ける」


しどろもどろになりながら、なんとかマーサを宥めて部屋に戻った。

何事も無かったかの様に厚手の寝巻きをイリーナに手渡した。イリーナがその場で着替え始めたので、慌てて後ろを向いた。


「イリーナ、着替える時はどこかに隠れて着替えてくれないと……」


全く話を聞いていないイリーナが毛布を肩から被り、あくびをしながらベッドの横に立つ。


「兄様、早く寝ましょう!」


人型で眠った方が、当然楽なのだが、期待を込めて見つめられているので、仕方がなかった。

前脚の間で、イリーナがスースーと寝息を立てて、安心しきって眠っている。


 御伽噺ではないが、これは新種の呪いではないだろうかと、真剣に考えてしまった。「夜になると、獣になってしまい、朝まで人に戻れない呪い」昼に人に戻れない呪いより、酷いのではないだろうか。


 とはいえ、イリーナは私にとって命に変えても惜しくない、失ってしまったら自分をも失ってしまう存在。その大切な者が安心して身を任せてくれるだけで、絶対に守り抜こうと言う気持ちが湧いてくる。少しくらい、切ない気持ちになっても。


 イリーナが寝入った後、一瞬人型に戻って、そっとイリーナを抱きしめた。このくらいは許してほしい……。

 すると、突然、寝返りを打ってこちらに向き直ってきた為、慌てて狼に戻った。寝言なのか、何かむにゃむにゃ言っているイリーナに、ごめんと呟いた。頭の中まで、心臓がどくどく響き渡ってしまい、朝方まで眠れなかった……。

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