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<イリーナ>

 石は二つある、兄様もいる。けれど、得体の知れない目眩に襲われ、気づいたら、魔物になっていた。ラドミラの名前から、忘れていたデルベルグ城での会話が脳裏に浮かび上がった……。



 ラドミラから石を取り戻す為には、キールが人に戻らなければならないと分かっていた。


 ラドミラから部屋の外に出された後、はしたないと思いながら、隣の部屋で壁に耳をつけて聞いていた。キールの声は低くて、あまり聞き取れなかったけれど、ラドミラのうわずった声は聞きとることが出来たから、部屋の中でどんな会話が交わされていたのか分かった。


 途中で、聞き耳を立てている自分とラドミラの嬉しそうな声に嫌気が刺して聞いている事ができなくなり、そっと小姓部屋に戻った。


「キールは、ラドミラに唆されて、彼女の為に王を殺したのでしょう?」


「やはり、隣の部屋にいたんだね」


聴覚と嗅覚の鋭いキールは気づいていたのだ。


「彼女に向かって『報酬は』、と聞いていたわ。報酬は国と王位と、彼女。その報酬に心が揺れたの?」


「誓って、違う。報酬を受け取るのであれば、ここまで逃げてこないで、その場にとどまっているはずだろう? 私がなんのために、デルベルグ城へ行ったのか、覚えていないのかい? 石を取り戻す為だよ。王を殺したのは、この国の為だ」


ラドミラと言う言葉から、心の中がドロドロ、かき回され続けている。ドロドロした沼から、沸々と泡が浮かび上がってくる感情に、心が捕えられてしまった。


 どうして、彼女の言葉に耳を傾けたの? どれだけ彼女に心を寄せたの? 彼女のために、人を殺したの? 彼女に言われなければ、王を殺さなかったのでは? 私がルカと逃げたと聞いても、女王の命令だから婚約者でいるの? ラドミラと隣の部屋で何をしていたの? 本当はラドミラのような女性が好きなのでは? 


 思考が地を這い続ける。今ここにラドミラがいたら、引き裂いてしまっていたに違いない。


 ドロドロした感情の向こうから何か不吉なものが、音を立てて迫ってくる。体の中のもう一つの扉が、開こうとしていた。それは、指輪がなかった頃、夜が来て魔物になる直前の感覚よりも、もっと心が解放されるような感覚だった。


キールは聞こえていないようだが、私の中の不穏な空気を嗅ぎ取ったようだ。


「私が、次期女王で許嫁だから、いつも優しくするの?」


「イリーナ、魔物に心を明け渡してはいけない!」


魔物の姿のまま抱きしめられた。

初めてだった。体の中を稲妻が駆け抜けたようなショックが襲う。しかし、キールが触れているにも関わらず、人型に戻ることはなかった。


 キールが声を上げているのが耳に入った。


「アキム! 扉の前にいるのはわかっている! 開けて中に入って来い!!」


「やめて! 誰も入れないで!!」


扉が開いて、アキムが恐々とした様子で入って来た。私の姿を見て、逃げようと後ずさるのが見える。キールが咎める。


「アキム、扉を閉めて、こっちに来るんだ。お前もヴォルコフの次期当主なら、ちゃんと知っておけ!」


「私は見せ物じゃない! 見ないで!!」


「に、兄さん、どうすれば……」


「イリーナ、落ち着いて。アキムはこれからもずっと、ヴォルコフ公爵家の次期当主。隠しておいてはいけない。姿を知らせておかなくては、私がいない時に味方をすることも出来ない」


アキムがそろそろと近づいて来た。アキムの瞳にはルカが見せたような恐怖が無いことに気がついた。


「アキム、イリーナは私が婚約者だから、側にいると思っているらしい……」


「イリーナ姫、とんだ勘違いです。兄さんはいつもツアーモック城から帰ってくると、姫の話ばかり。小さい頃から、ずっとです。恐れ多いですが、お陰で、聞かされ続けた私はずっと、姫に憧れていました。兄さんは、この間なんて、姫の為に地下牢の門番を自分がやると言いだして、父に呆れられていましたよ」


 キールが昔からそんなに私の事を話していたなんて。全然気が知らなかった……。ブクブクと泡立っていた泥沼は鎮まり、心が凪いでいく。黒々とした感情が押し開けようとしていた扉が、人には聞こえない音を立てて閉じたのを、抱きしめているキールも感じ取ったようだった。


「アキム、もういい、有難う……ちょっとあっちを向いていろ」


「な、なんで?!」


「いいから、早く!」


アキムがぶつぶつ言いながら、後ろを向いた。私の姿がぶれ始め、人に戻るのが分かったキールはアキムに後ろを向かせ、背中に隠してくれた。大きな背中を見つめながら、大急ぎで寝巻きを着て、上着を羽織った。


「アキム、驚かせてしまってごめんなさいね。もう、こちらを向いても大丈夫です」


アキムに謝った。


「いえ、イリーナ姫、黒い羽が艶やかで美しいですね」


「アキムは流石にヴォルコフ家の者だから、驚かないな。人に戻った直後は、絶対に、人に見られないように気をつけてあげてほしい。翼だけ出すことも出来る。翼だけなら、大丈夫だ」


何故かキールが自慢そうに言った。アキムの前で、翼だけ出して見せた。石が二つあるせいか、簡単に出来る。石は力を抑えるだけではなく、コントロールする力もあるようだった。


「おぉ〜! 黒い天使ですね」


「もう、イリーナも落ち着いた事だし、アキム、自分の部屋へ戻れ。もう人の部屋の前で聞き耳を立てるなよ」


「兄さん、人聞きが悪いな。偶然、通りすがっただけですよ。では、イリーナ姫を送っていきましょう」


「私が後で送るから良い」


アキムはしたり顔で頷いてから、退散した。 


「イリーナ、色々と問題があるから、自分の部屋へ……」


「兄様が添い寝してくれないと、またさっきのように魔物になってしまうわ」


「それは、脅し?」


兄様は困った様な顔をした。 

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