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<イリーナ>

 あてがわれた小姓部屋の扉をカリカリと擦る音がしたため、扉を開けた。扉を開けた途端、息を呑んだ。仔狼の顔は血まみれだった。足元にそっと、リボンを通した指輪が置かれる。


「無くさない様に首にかけておくんだよ」


そう言うと、キールは人型に戻り黙って、布を濡らして血を拭った。前もって言われていた通り、キールの服と水を張った桶と布を用意しておいた。

何が起こったのか知りたかった。


「キール……」


「後で話す。今は時間がない」


キールにしては珍しく、素気ない返事だった。


「どうして? 何か怒っている?」


首を振ったキールは笑顔を作ろうとして失敗した様な表情を見せ、私の首の後ろに手をおき、顔を上向かせた。大きな手で首と頭を抱えられ、口付けられた。キールの口の中は血の味がした。思わず、両手でキールの体を遠ざけてしまった。


「血の、味が……」


キールは謝って俯いた。


「ごめん……」


何に対しての「ごめん」だったのだろう? 石が二つあるせいか、魔物にはならなかったけれど、本当は血の味に少しだけ酔った。離れなければ、血の味を堪能してしまいそうな自分が、怖かった。



 すぐに馬小屋に向かい、二頭馬を引き出した。キールが門番を気絶させ、跳ね橋を降ろした後、城外へと馬で駆け抜ける。私に渡された馬は、トロフィム自慢の駿馬だった。


 まだ、真夜中で誰もトロフィムが殺された事に気づいていないのか、後を追ってくる者はいなかった。


「明け方になれば、誰かが気がつく。だから、その前に出来るだけ、デルベルク城から離れなければ」


 森に入るまで、馬を疾走させた。森に入ってからは、馬を休ませながら、街道を走らせた。



 明け方、街道を外れた森の中で少し仮眠を取る事になった。馬はしっかり木に結びつけた。キールが狼になると、逃げようとするかもしれないからだ。


 焚き火の側で狼になったキールに寄り添って、眠る。逃げている最中だと言うのに、もふもふに包まれた途端に安心して、眠りに落ちてしまった。

 眠りに落ちる前に、沢山の光る目が周りを取り囲んでいた様な気がした。でも、それは夢だったのかも知れない。



 目覚めると、金色の目に見つめられていた。


「おはよう。よく眠れた?」


湿った鼻を押し付けられる。頷いて、キールのふさふさした首に顔を埋める。


「兄様、有難う」


キールが躊躇った様な表情を向けてきた。どうしたのだろう?


「イリーナ、もし、ルカと一緒に暮らしたいと思うなら、今なら戻ることができる……」


冗談を言っているのかと思ったが、声の響きが真剣そのものだった。


「石も二つある。……イリーナがもし、そうしたいなら……カラナス居館に連れて行こう」

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