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<キール>

 ラドミラは人になっている私を見ると部屋に鍵をかけ、嬉しそうに走り寄ってきた。


「お腹は空いていない? あら? 朝食、食べていないのね?」


床に置いたままの乾涸びたサンドイッチの残骸に目をやった。


「床に置いた物など、食べる気がしない」


本当は狼として野生動物を捕らえ、生のまま食すことも出来るが、ラドミラの御伽噺に付き合うことにした。


「そうよね、あなたは犬ではないのだから。今、何か食べるものを持ってくるように言うわ」


「犬」じゃない、と言いたかったがラドミラはすぐに、部屋の外にいた召使いに食べ物を持って来させた。



「あなたなら……昼間は可愛い子犬なのだから、城に連れて帰っても大丈夫だわ」


ラドミラの夫はゲストルク王家に次ぐ実力者であるバルテク侯爵。流石に、夫のいる城に愛人を連れ込むのは躊躇いがあるのだろう。如何に王女とはいえ、侯爵の機嫌を損ねるのは不味いことだと分かっているのだろう。


私であれば、自分の城内に置いておけると考えたわけだ……。御伽話を夢見つつ、実際は都合の良い愛人を見つけたと思っているのだろう……。


 食事はしっかりいただく事にした。サンドイッチでは物足りない為、肉を持って来させる。逃げるにせよ、探すにせよ、城内が寝静まってからの方が、都合が良い為、ゆっくり時間をかけて、食事をする。ラドミラはすでに食べ終わっていたのか、食べ具合を見ながら肉を切り分けてくれる。侯爵夫人だけあって、ホスト役は慣れているようだ。


「あなたは、ただの野盗ではなさそうね」


食事の仕方を見てか、期待を込めて言われているのは分かった。取り敢えず、頷いておく。


「呪いをかけられた、どこかの国の王子かしら?」


こんなに愛欲まみれの世俗的なラドミラが、御伽噺を信じているのは何だか滑稽だった。


「だとしたら?」


「呪いを解いたら、どうなるのかしらと思って」


好奇心で瞳が潤っている。


「解けても、国はないかもしれないな」


げんなりして俯いたのだが、悲しそうだと思われたらしい。机の上に置いた手の上に、手を重ねてラドミラは言った。


「大丈夫、私がなんとかしてあげる」


「へぇ、私の為に、城と国をくれるのか?」


言葉に詰まったラドミラを見て、思わず皮肉な笑いを浮かべてしまった。


「出来ないな」


「城と国はあげられないけれど、私の城へ来て。悪いようにはしないから」


食べ終わったとみるや、ラドミラが膝の上に乗ってしなだれかかってきた。


「ヘレナから取り上げたエメラルドはどこにある?」


耳元に囁いた。


「エメラルド?」


「あのエメラルドがないと、この姿を長く保てない」


「今夜は大丈夫そう?」


「エメラルドを返してほしい」


気が急いているのを見透かされた。首に手を回され、顔が近づいて来た為、反射的に顔を背けた。むっちりとした指が頬に触れた。


「返して欲しいなら、キスを」


膝の上に乗ったラドミラを無造作に抱き上げた。


「まぁ、乱暴だこと」


声が嬉しそうだった。構わず寝台の上にラドミラをどさりと落とす。


「もう少し、丁寧に扱って欲しいわ」


媚を含む声。ラドミラの両手を頭上でまとめて片手で押さえ、再度尋ねた。


「エメラルドはどこにある?」

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