<キール>
イリーナを訓練した後に、アキムに会いに行っていた。アキムには、なるべく近い場所まで来てもらうようにしていた。それでも、国境を超えて会いに行かなくてはならない為、宿に帰って来ると寝不足になる。この湖の居館にいる事も、アキムには伝えている。
イリーナには訓練と、石を取り戻すことに集中してもらいたい為言わなかったが、状況は悪くなる一方だった。
国境の貴族たちから、盗賊がよく出没する様になったから軍を差し向けて討伐してほしいという依頼も出始めているという。盗賊のふりをした隣国の小隊かもしれない。
どの貴族たちも王城に入れない為、父の元に訴えが届いているようだった。
「兄さん、ソフィアが女王の代理人として振る舞っているらしいから、早くイリーナ姫を連れて戻って来た方がいい」
「フェオドラ様は?」
「わからない。昏睡状態なのかも知れない。城の中に入れないから分からないんだ。城内にいる筈の者とも連絡が取れないんだ。とにかく、早く戻って来た方がいいよ、兄さん」
一人で行った方が早いと思ったので、石を取り返しにラドミラのところに行く事にした。ラドミラに聞いて、石を取り戻し、その日のうちにカラナス居館に戻れると思っていた。
昼に仔犬の姿でチョロチョロと城の中に入り込み、ラドミラの後をつけていると、見つかってしまった。
「あら、ライカじゃないの? 私を追いかけてきたの?」
まさか、イリーナがデルベルグ城に来るとは思わなかった。
ラドミラは王とニコラを追い出して扉を閉めた後、ソワソワし始めた。石のありそうな所を嗅ぎ回って四つ足で歩き回っていると、後ろから抱き上げられた。ラドミラが耳元で囁く。
「ねぇ、この間のことは夢だったのかしら? あなたは夜になると人になるのよね?」
部屋の中に他に人はいない。明らかに、私に聞いている。無視していると、ラドミラは同じ条件を再現すれば良いと考えたらしく、私の体に腕を回したまま、寝台に横になった。
「早く人になってちょうだい。誰にも言わないから。私のことを追いかけてきて来れたのでしょう?」
ラドミラは眠りに落ちるまで、話しかけてきたり、撫で回してきた。耳の付け根や、顎の下、腰の辺りを触られるのは我慢がならなかった。石を取り戻すためだと、自分に言い聞かせて、ひたすら我慢して仔狼のまま朝まで寝たふりをし続けた。
とにかく、ラドミラが部屋から出て行くまでの我慢だ。人型に戻らないで、と言うイリーナのお願いの方を優先した。
翌朝ラドミラは仔犬の姿のままなのを見て、首を捻った。
「人になるのに、他に何か必要な条件があるのかしら?」
ラドミラは朝食をとりに部屋を出て行った。その扉から、イリーナが部屋に滑り込んだ。心配そうな表情が、仔狼の姿のままの私を見てほっとした顔になる。
二人で部屋の中を探したが、ラドミラの部屋はかなり散らかっていて、見つからない。
ラドミラがサンドイッチを片手に部屋に戻ってきた為、イリーナは慌てて、
「御用はありますか?」
と聞いた。
「まだここに滞在するから、今日は何も用はないわ。お昼になったら軽食をこの部屋に持って来て、お皿を床に置いておいて頂戴」
ラドミラはイリーナを部屋から追い出すと、床にお皿ごと持って来たサンドイッチを置いた。
「ここにあなたの分を置いておくわね。昼間は人の姿に戻らないのでしょう? 私が戻るまで、この部屋にいて頂戴。お昼は持って来させるから」
ラドミラは御伽噺の読みすぎではないか? 呪いが解けて人に戻った男はどこかの王子様でした、なんて言う話を信じているのだろうか? イリーナだって、そんな話を信じていない、はずだが……。いや、もしかしたら……後で聞いてみよう……。
しかし、呪いを解くことができるのは、イリーナのような少女で、呪いの解けた男は少女と結婚するのがお決まりだ。あちこちに情夫をおいている浮気女と結婚しましたなどという話は聞いた事がない。
ラドミラが出て行ったのを見て、こっそりイリーナが入ってきた。部屋の鍵をかけ、人に戻って、一緒に石を探す。引き出し、クローゼット、宝石箱、シューズボックス。
散らかった部屋の中、石はどこにも見当たらない。
「キール、どこにも見当たらないわ……」




