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<イリーナ>

ラドミラと一緒にいるのはトロフィム王と、妹のニコラだと分かった。ラドミラともう一人の女性が揃って、年配の男性を「お父様」と呼んでいたから。


トロフィム王が手に入れたばかりの白い駿馬を自分に譲って欲しいと、ラドミラとニコラは争っているようだった。トロフィム王がその馬を手放すつもりはない、と答えるとラドミラは鼻で笑った。

確かに、トロフィム王は馬に乗るにはもう少し、痩せなくては無理な様に見えた。でも、父である王を笑い物にするなんて……。


黒い仔犬を見てすぐにでも部屋の中に入りたくなったけれど、入口で控えていることにした。キールなら、部屋の中からでも、匂いで私が来たと分かるに違いない。


「お父様、最近は馬に乗らないじゃないですか」


「そういうお前は、珍しく人ではなく犬なんぞ連れているではないか?」


「馬車でぶつけてしまったので、連れ帰って来たのです」


そういうと、ラドミラはキールの背中に頬を寄せた。「キールに触らないで!」 思わず叫びそうになるのを必死で我慢した。


「この子は特別よ」


言われた途端に、キールはラドミラを蹴って腕から飛び降りた。私は慌てて、部屋の中から見えない場所に移動した。ニコラが馬鹿にしたように笑っているのが聞こえる。


「随分、賢い『わんちゃん』だ事。お姉様、珍しく一人でいらしたの?」


キールが私の立っている場所に走って来た。匂いで分かったのだろう。尻尾をちぎれんばかりに振りながら走ってくる。ラドミラが頬擦りしたくなる気持ちがよくわかる。キールはこんなに愛らしい仔狼になれるのに、私は醜い魔物にしかなれない。可愛い仔犬を撫でるふりをしてしゃがんだ。

ふと、仔狼の顔が歪んだ。


「イリーナ、髪をどうしたんだ? なんでこんな所にいる? 」


キールの声が珍しく動揺している。


「キールが、自分で考えて行動するように、って言ったでしょう? だから、ラドミラの小姓になって石のありかを探すつもりで、髪を切ってここに来たの」


「なんて事を! 勿体ない……。 そんなつもりで言ったのではなかったのだが……」


「髪はすぐに伸びるわ。キールこそ、行かないでと言ったのに、なんでここに居るの?」


私の目の縁に涙が溜まっていたのか、キールは溢れる前にそっと舐めとった。キールは少しの間、何かを味わう様に目を閉じた。涙を味わっている様に見えた。


「アキムに会ったついでに、ちょっとひとっ走りして石を取り戻してこようと思ったんだよ。すぐに取り戻せるから、安全な場所で待っていて良かったのに。それより、何処かで服を調達しておいてくれないか?」


「人に戻るの? お願いだから、ラドミラの前で人に戻らないで」


「戻らないと石を探せないと思うけれど、なるべく戻らないで探してみるか……」


ラドミラが「ライカ」と呼んだ為、キールは部屋の中へと戻って行った。



「仔犬なのに、呼べば戻ってくるの。賢いでしょ」


ラドミラは自慢げにキールを抱き上げた。


「お姉様が動物好きなのは知っていたけれど、いつから殿方より犬の方が良くなったのかしら?」


「ニコラ、そんな事はどうでもいいでしょ? もう休みたいので、また明日」


王とニコラはラドミラに背中を押され、部屋から追い出された。


私は慌てて、部屋に入って挨拶をした。ラドミラは、


「その顔、どこかで見たような気がするわね」


と言いつつ、気もそぞろなようで、


「今日はもう用はないわ」


私を部屋の外に追い出して、目の前で扉を閉めた。早速、女中頭の所にキールの服をもらいに行った。ラドミラ様が必要としているようなので、と言うと、女中頭はよくある事なのか、何も言わずに服を用意してくれた。


キールは人に戻るつもりなのかもしれない。でも、さっき、人に戻らず探してみると言ってくれた言葉を信じて、待つしかなかった。

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