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<イリーナ>

 翌朝になってもキールは戻って来なかった。キールはきっと、私をおいて石を取り返しに行ったに違いない。いつだって、私を安全な場所に置いておこうとするのだから。

でも、私はこのまま甘えていていいわけじゃない。キールが言っていた様に、自分で考えて行動するようにしなくては。


 キールに再び何かあって二度と会えなくなってしまったらと思うとたまらなくなり、帰りを待たずに一人でデルベルグ城へ行こうと決めた。デルベルグ城へ行けば、会えるはず。一日でも早く石を取り戻して、キールと一緒に帰国したい……。

それに、キールが一人でラドミラの所へ行ったと思うだけで、胸の底を不安が渦巻いた。


 ヘレナに、ラドミラ付きの小姓になりたいから推薦状を書いてほしいと、依頼した。ヘレナから、ラドミラは男の子の小姓を好むと聞き、腰の半ばまであった髪を肩下までバッサリと切った。鏡を見ると、少年の様に見えた。これなら、トロフィム王に目をつけられる心配はなさそうだ。


 ヘレナは私とルカが喧嘩でもしたのかと思っているようだったけれど、すぐに推薦状を書いたくれた。


「いつでも、戻っていらっしゃいね」


ヘレナが優しくそう言ってくれたせいで、一瞬、涙ぐんでしまった。国に戻れない今、仮でもいいから戻ってきて良い場所があると言う事にほっとした。

ツアーモック城やデルベルグ城と違ってこじんまりしてはいるけれど、ヘレナが隅々まで気を配っていることがよく分かる居心地の良い居館だった。


 

 ヘレナから馬と道案内をつけてもらい、出立の準備をしていると、ルカが驚いてやってきた。でも、私のことが怖いのか、腕の届く範囲には近寄ってこない。


「一緒に行くよ? 僕のせいで、イリーナは国にいられなくなってしまったんだし。石も返すと言って連れて来たのに、嘘をついたみたいで嫌なんだ。僕は嘘をつくつもりは無かったんだ。だから、石だけは取り戻す。ついでに、王を暗殺する。そうすれば、母さんは王から自由になれる」


「ルカ、ヘレナさんは王から自由になることを望んでいるの?」


「父さんがいた頃、よくそう言っていた」


「昔はそうかも知れない。でも、今は状況が違う。王が亡くなれば、ヘレナさんはこの居館からでていかなくてはならなくなるかも知れない。行く当てはあるのかしら? ルカは分かっている? ヘレナさんに聞いてみた?」


「僕はただ、あの男から母さんを解放したいだけなんだ」


ルカの言い分はまるで小さい子供が母を求めるのと、変わらない。その時、その時の思い込みだけで、動いている。だから、私を城の外に連れ出したのだろう。私の意志も確かめないままに……。もう、振り回されたくない。


「ルカって、先のことを考えていないのね」


「イリーナだって考えているって言える?」


「考えようとしているから、今から一人で石を取り戻しに行こうとしているの。私は一人で石を取り戻せるから。さようなら」


馬の腹を蹴って、走らせた。私が一人で馬に乗れないと思っていたルカは、驚いたのかついてくることが出来なかったようだ。道案内人が慌てて追いかけてくる。



 今、やっと本当に自由になった。誰の指図も受けないで、自分の意思でデルベルグ城へ行く。もちろん、デルベルグ城に行ったからといって、石を取り戻すことが出来るかどうか分からないけれど、今は不安な気持ちよりも爽快感の方が上回った。自分で自分のことを決めて行動する自由。私が欲しかったのは此れかもしれない。


 

 久しぶりに、馬を駆って風を切る。心の底から、喜びが込み上げてくる。走るのが楽しくて、少し飛ばしすぎて、思ったよりも早くデルベルグ城についてしまった。


 推薦状があった為、すぐにラドミラのお付きの者と面接し、小姓として採用された。しかし、小姓よりも小間使いの方が、より主人の身近にいる事が出来る分、石を取り戻すチャンスがある事に採用されてから気がついた。何しろ、小姓は外出時のお供が主な仕事だから、主人の部屋の中に入る機会が少ないのだ。


 女中頭にラドミラが一人になったら挨拶をしてくるように言われた為、部屋の外で待った。扉が開いている為、中を覗くと部屋の中にはラドミラと身分の高そうな女性が一人と、同じく身分の高そうな年配の男性が立っていた。

ラドミラは腕に、黒い仔犬を抱いていた。キールが、ラドミラの腕に……。

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