<ルカ>
地下牢にいた時までは、イリーナの気持ちが自分に向いているとはっきりと感じた。しかし、今は彼女の気持ちが離れてしまっている気がする。記憶を遡ってみても、答えのない答え合わせのように、何が原因なのかわからなかった。
彼女と一緒であれば、農民になったっていいとすら思ったけれど、彼女が農民の暮らしには向いていないことは分かる。母さんの所であれば、お城の生活とは言えなくても、不自由なく暮らすことは出来る。それと引き換えに、ラドミラや王の来訪が度々あり、その度に、隠れるか居館の外に逃げなければならない。
イリーナは本当に魔物だのだろうか? もし、彼女が魔物だとしたら、指輪がないと僕は夜の間にイリーナに食べられてしまったりするのだろうか。しかし、彼女をみていても、魔物だとはとても思えない。妖精だと言うのなら、頷ける。
無人の修道院の外で見たと思った出来事は、夢だったのかもしれない。自分が初めて好きになった子が、魔物だなんて信じたくなかった。
確かめてみようと思った。でも、もし、彼女が本当に魔物だとしたらどうすれば良いのかは分からなかった。自分がどうしたいのかも。だからこそ、確めてみようと思った。
日が暮れてから、居館の地下室にイリーナを連れて行くことにした。いつもの犬が居なかったが、部屋の隅で眠ってでもいるのだろうと気にかけなかった。
「母さんが、ワインを貯蔵庫から出してくれって言うんだけど、どんなワインがいいのか分からないから、一緒に選んでくれないかな?」
新しく、雇ったばかりの下男に灯を持たせ、三人で地下室に降りる。下男が先に降りながら、足元を照らしてくれる。階段を降りる際に、イリーナの手を取った。最後の数段のところで、彼女の指から指輪を抜き取り、後ろも見ずに階段を駆け上がって、扉を閉めた。
扉を閉める前に、悲鳴が聞こえた。一瞬、彼女が下男に襲われるのではないかと、不安になり扉を細く開けた。
灯が叩き落とされる音がし、地下室は真っ暗になってしまい、何も見えなくなった。暗闇に光る二つの目が、扉を見上げているのが目に入った。人の眼ではない。すぐに扉を閉め、鍵をかけた。その上にキャベツを塩漬けする時に使う大きな漬物石を乗せた。
漬物石が大きく跳ね、横に転がった。扉が何回かミシミシ言った後に鍵が千切れ飛んだ。
地下室の扉が、ゆっくりと開く。満月の晩に、教会近くの草叢で見た魔物が姿を表した。鉤爪に、イリーナの服を引っ掛けている。
なんて事をしてしまったのだろう。イリーナは魔物ではなく、イリーナの近くに魔物が現れるのかもしれない。イリーナは魔物に食べられてしまったに違いない。走って逃げたかったが、背を見せるのが怖くて、後退りしかできなかった。
魔物が跳躍して、目の前に降り立った。




