<イリーナ>
キールの口から「ラドミラ」と言う名前を聞くと、心の奥の方がモヤッとした。地下牢から出た時に耳にした、侍女達のひそひそ話が頭をよぎる。
「ジャンナ様のような体型、憧れますわ」
「殿方はみんな、ああいう体型の方を好まれますもの」
伯爵令嬢ジャンナは、まさしくラドミラのような体型。キールは「殿方はみんな」と同じ?私はよく言えば華奢、悪く言えば、痩せっぽちで、ジャンナとは正反対……。
お庭でラドミラがキールの膝の上に座っていた事を思い出した。身体の中の黒いマグマが徐々に熱を帯びて来る。
「キールは、お庭でラドミラを膝の上に乗せて、サンドイッチを食べさせてもらっていたわ。大人なのに、食べさせてもらうなんて……」
狼のままキールがちらっと私を見た。
「記憶がなかったのだから、仕方がない……」
言ってから、キールはハッとし、意地悪そうに付け足した。
「そうだね、美人の手から食べさせてもらうサンドイッチは美味しかったな。思わず、指まで食べてしまいそうに……」
「イリーナ、大成功だね」
キールの尻尾が触れていても、姿を変えることが出来た。あまり嬉しくなかった。必要なのは、黒い感情だとわかったから。
「キール、酷すぎるわ」
「そのうち、感情を思い起こさなくても、姿を変えられるようになるから、そうなるまで訓練しなくてはね」
キールはどこか嬉しそうだ。うまく行った事が嬉しいだけの様には見えないのは気のせい?
すんなりとできる様になるまで、何度も嫌な感情を掘り起こして、その感情を餌にして姿を変える。そのうち、その記憶がこびりついてしまうのではないかと、ゾッとした。黒い感情と向き合っている時は、とても自分が醜く思えてくる。そして、実際に醜い魔物になる。そんな自分は見たくなかった。
「ねぇ、キール、魔物は私の醜い感情の塊なの? だとしたら、私は人よりも醜い感情を持っているの?」
「それは、関係ないのではないかな。ただ、黒い感情に支配されてしまうと、人ではいられなくなってしまうから、それだけは気をつけなくてはいけないね。嫌な記憶や気持ちは忘れてしまいたいし、蓋をしてしまいたい。自分の感情ではないと思いたい。でも、その自分の感情と向き合って見ることは大切なのではないかな」
「キールも自分の感情と向き合ってる?」
「まあね……」
狼のままのキールが目を逸らした。キールに向き合いたくない感情があるのかどうか聞いてみたかったけれど、怖くて聞く事ができなかった。
突然、キールの耳がピンと立った。
「どうしたの?」
「アキムが呼んでいる。ちょっと、行ってくる」
「行かないで!」
「大丈夫。すぐに戻って来るから」
キールは行ってしまった。




