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<イリーナ>

「イリーナ、あれがラドミラだから、見かけたらすぐに隠れて。隠れていれば、すぐに出て行くと思うから」


居館の二階の窓から、ルカがを指した一人の女性を見た。豊かな赤毛に魅惑的な女性に腕を取られ、背の高い黒髪の男性が立っているのが目に入った。


「兄様!!」


私が思わず声を上げると、ルカが慌てて窓の外を見た。私はルカの静止を振り切って部屋から飛び出した。


「イリーナ、待って! 行っては駄目だ!」


私は階段を駆け降り、庭に飛び出した。


「兄様!!」


 ラドミラに腕を取られた黒髪の男が振り返った。振り返ったものの、ぼんやりとした反応しか示さなかったが、私はいつものように飛びついた。


「兄様!」


いつもなら、すぐに頭を撫でられるか、抱きしめてくれたのに、反応がない。代わりにラドミラが口を開いた。


「あなた、誰? この男の知り合い?」


私は人違いかもしれないと思い直し、恐る恐る手を離し一歩下がって、もう一度眺め直した。キールに間違いなかった。しかし、金色の目は、見知らぬ人を見るように私を見下ろしている。その瞳には戸惑いの色すら浮かんでいた。


「私たち、これから朝食なの。知り合いなら後で話を聞いてあげるけれど、今は邪魔しないでくれる? ライカはお腹が空いているのよね」


ラドミラは、そう言うとキールにぴったり寄り添った。ライカ?


「どうしたの、兄様? 私がわからないの?!」


見上げるとキールは困った顔をしたまま、突っ立っている。涙がこぼれそうだったのを、なんとか我慢した。ラドミラはろくに私の方を見ず、キールを座らせ、その膝の上に座って、サンドイッチを食べさせようとしている。


 胸の中がモヤモヤした。モヤモヤどころか、体の奥から黒いマグマが噴き上がってきそうな予感がし、慌ててその場を離れた。日が落ちていたら、確実に魔物になってしまっていたに違いない。



「イリーナ、急にどうしたの?」


建物の中に戻ると、ルカが慌てて部屋に連れ戻した。


「兄様が……兄様なのに、兄様じゃない……」


「似ている他人かもしれないよ? イリーナの許嫁がこんな所にいる筈ないじゃないか。ラドミラ、また新しい男に熱を上げているんだな。おかげで、イリーナの事を見ていなかったみたいだね。良かった……」


 似ている他人では無かった。兄様の端正な顔の左目の上には小さな傷があった。その傷があるおかげで、睨まれると怖い、と近衛隊から言われていたのを知っていた。ラドミラの横にいた人にも同じ所に傷があった。仮に傷まで同じだったとしても、キールかどうか、確かめる方法がある。でも、夜を待たなければならない。

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