<キール>
目を覚ますと、イリーナがいなかった。隣の部屋で、「ルカが戻って来ないな」「あいつ、何やってるんだ?」と言っているのが耳に入った。扉の近くにルカの匂いが残っている。
匂いを辿って外に出る。人が大勢行き来する通り、立ち並ぶ店や宿屋の数々、森の中と違い匂いがひっきりなしに流れていて、イリーナの匂いを探し出す邪魔をする。
それでも、神経を集中すれば、辿れない事はないが、小さい体で、ちょこまかしていると、馬や荷車に轢かれそうになる。街中を探し回るのは至難の業だった。
ルカがイリーナを連れて行くとしたら、「市場」だ。ただし、市場は人でごった返している上に、食べ物やら香料やら、強い匂いが入り乱れている。その上、寝不足で、喧騒の中、意識を集中し続けるのは難しかった。宿屋を出てすぐに、イリーナとルカの匂いを見失ってしまった。一刻も早く、彼女を見つけ出さなくてはと気ばかり焦る。
宿屋に戻って、アーダムの近くに座り、見上げて尻尾を振る。
「おや、お姫さんはどうしたんだい? グスターフ、お姫さんと一緒にいる犬が、ここにいるんだが……お姫さんの部屋を見てきた方が良くないか?」
グスターフがイリーナのいた部屋を見に行き、戻ってきた。
「あいつめ、お姫さんを連れて、出て行ったみたいだ。アーダム、ルカの行きそうな場所はわかるか?」
アーダムは首を振った。二人とも途方に暮れている。
「お前も、犬ならご主人様を探して来い」
アーダムはそう言うと、私の尻を叩いた。「気安く触るな!」と噛みついてやろうかと思ったが、仔犬であることを思い出し諦めた。二人を当てに出来ない。困難であっても市場に探しに行くしかない。
こういう時、人間の姿であれば、近衛隊を二人この宿屋に置いて見張らせ、残りで市場や街道を探させるのだが、自分一人ではどれか一つを選ぶしかない。探しに行っている間に、アーダムたちが移動してしまう可能性もある。
ルカの目的が恋のためだけであれば、イリーナを傷つける危険はないが、そうであればそうであったで、全く安心できない。大事なエメラルドを盾にとって、何か無理強いさせられたりしないだろうか……。
どちらにせよ、イリーナに何かあってからでは遅い! そう思っただけで、いてもたってもいられなくなった。早くイリーナを見つけなければ!
寝不足が祟る中、市場まで大通りを走った。走っている途中で、何かにぶつかって、飛ばされた。それでも進まなければという意思だけで立ち上がり、数歩歩いた所で、記憶が途切れた。




