<ルカ>
両親はトロフィム王の誕生日を祝う舞踏会に参加し、母はそこで王に目をつけられてしまった。母ヘレナと父ボリスは結婚していたにも関わらず、王によって引き裂かれてしまった。
母には、愛人にならなければ父を殺すと言い、父には母を渡さなければ、彼女を殺すと言った。お互い深く愛し合っていた両親は、互いの命を守る為に別れた。貧乏伯爵の父と結婚した子爵令嬢の母。王に引き裂かれるまでは慎ましくも、仲良く暮らしていた。
父が亡くなってからは、母に対して、僕を殺す、と言うのが脅し文句だった。
今、母はカラナス居館に王が滞在していない時は、居館の主として何不自由なく暮らし
ている。僕が小さい頃、母は「湖の外に出たい」、とよく言っていたが、最近は諦めたのか何も言わなくなっていた。安全な檻から出てしまったら生きて行けないと考えているのかもしれない。
イリーナが幽閉され、「外にで出たい」と言ったのを聞いて、どうしても自分の母と重なって見えてしまった。だからこそ、諦めてしまう前に、早く外に連れ出してあげようと思った。
イリーナは一本道を歩いている間、不安そうに何度も振り返った。
「何か、気になることでもあるの?」
「別に……」
不安になった。せっかく自由にしてあげたのに、イリーナは地下牢にいた時よりも元気がない。あの犬がいなくなってからは、余計に元気がなくなった。もともと犬は嫌いだったけれど、イリーナの気持ちを引き立たせようと提案した。
「落ち着いたら、犬を飼おうよ。一緒に可愛い仔犬を選ぼう」
イリーナは首を振った。
「キールじゃなきゃ駄目なの」
「あんな犬のどこが」と言いかけたが、イリーナの思い詰めた様な顔を見てやめた。
イリーナが泥を落とした後、母に紹介した。衛兵には「彼女」と言ったが、母には「知り合い」と伝えた。しかし、母は僕が初めて連れてきた人間が、妖精の様な美少女だった為、訳知り顔で頷き、こっそりと僕に目配せをしてきた。
「素敵なお嬢さんね。どこで知り合ったの?」
イリーナが何か答えるよりも早く、答えた。
「何処だっていいでしょう? 攫ってきたわけじゃないから。彼女に部屋を用意してもらえる?」
母は別の部屋でいいの? という顔をしたが、無視した。イリーナを「彼女」と紹介したかったけれど、彼女に否定されそうだった為やめた。彼女は自分がまだ、婚約者のことを想っていると信じ込んでいる。母親の前で否定されたら、あまりにも無様だ。自分の部屋に滞在させる事もイリーナに拒否されそうだった。
ただ、時間が経てば決められた許婚のことや、前の暮らしの事は忘れるのではないか、と期待を抱いていた。ここには、グスターフやアーダム、そしてイリーナの愛情を一身に受ける犬も居ない。
イリーナは一人では、ここを出て行くことは出来ないから、時間は十分にある。
僕は無理強いをするつもりは無い。今まで自分を嫌う人間に会った事がないから、イリーナが自分を好きになるのは時間の問題だと思う。なにしろ、第一王女のラドミラからも気に入られているのだから。
「ルカ、第一王女のラドミラが明日来ると伝えてきているの。嫌なら、いつもの様に外に出るか、隠れていなさい。あなたが居ないとわかれば、明後日には別の場所へ移動するでしょう」
舌打ちしそうになった。ラドミラはトロフィム王の第一王女で既婚の身でありながら、父である王と同じであちこちに愛人がいた。王女の夫であるバルテク侯爵は相手が王女であるせいか、ラドミラの行動に目を瞑っている。もしかしたら、侯爵も同じことをしているから、何も言わないのかもしれないが。
僕にとって、貴族や王族は、愛も物も搾取するのが当たり前だと思っている嫌な奴らだった。だからこそ、同い年のイリーナが特別に見えた。
ラドミラはこの居館に来ると、僕を必ず呼び出した。彼女に気に入られてしまったのだ。ラドミラから逃れる為、僕は早いうちから一人で行動するようになり、ラドミラの来訪がわかった時には、さっさと居館から離れた場所へ出て行った。
父さんから教わった薬草の知識を生かして、薬を売り歩いたり、依頼されて毒薬を作ったりして、あちこちを旅することが増えた。今では、居館に戻ってくることの方が、少ない。
そして、何度もオルロフ国へ行き、イリーナに近づこうとしたのだが、イリーナの噂を全く聞くことが出来ず、生死も不明だということしかわからなかった。
しかし、やっと城の下働きとして、城に潜り込みイリーナと再会することが出来、ここまで連れてくることが出来た。これから、二人で暮らす場所などを考えよう、幸せを噛み締めようとした所へ、ラドミラ来訪なんて。なんとかやり過ごさなければならない……。イリーナに誤解をされたら困る。
ラドミラは居館に来ると、居館の主人は母であるにも関わらず、我が物顔で居館の中を取り仕切る。それも、ラドミラを嫌う理由の一つだ。カラナス居館はラドミラのものでは無く、母が王から与えられたものだ。王の事は軽蔑していたが、母は王から与えられた物のおかげで何不自由なく暮らしていることは分かっていた。
ラドミラは容姿の美しい侍女を好んでいる為、滞在中はイリーナを隠しておかなければ、連れて行かれてしまうだろう。
王には二人の王子と三人の王女がいた。どれも性格が悪くて有名だ。王子たちはラドミラお抱えの侍女の中に気に入った者がいると、無断で連れ去ってしまう。それが元で、兄弟仲はあまり良く無い。イリーナがラドミラに目をつけられたら、お終いだ。
僕はイリーナに、ゲストルク王家の王に始まりその子供たちの恥ずべき行動を話し、ラドミラ王女の滞在中は、部屋から出ないようにお願いした。
「結局、何処に行っても、私に自由はないのね」
何も答えられなかった。




