<イリーナ>
宿屋で個室を与えられてから、夜は部屋に鍵をかけ、灯を消して毎晩キールから訓練を受けた。
石がひとつ足りないせいか、感情が揺れ動くと、うまく制御できない。
「イリーナ、もし城に連れて行かれて何かがあって追い詰められたら、高いところへ登って、身を投げたように見せかけて、飛ぶんだよ。羽はすぐに出せる様になったからね」
「キールはどうするの?」
「私のことは心配しなくていい。イリーナを傷つける様な者がいれば、そいつを始末してからすぐに追いかけるから、安心して先に逃げるんだよ」
キールは笑って言った。
「キール、そんな事しなくていいから、一緒に逃げて」
「冗談だよ。早く石を取り戻して、国に帰ろう」
キールは笑って、人型のまま私の膝にごろんと頭を乗せた。いつも見慣れているはずの金色の瞳に吸い寄せられてしまった。
キールが手を伸ばして頬に触れた。鏡に映る自分の頬が、キールの指先から赤い絵の具が漏れ出たかのように、赤く染まっていくのが見えた。キールは私の顔が赤く染まった事には触れず、
「……人型のままだったね。最近ずっと仔狼でいるから、仔狼としての行動が身についてしまったな……」
そう言うと狼に戻った。
ある朝、ルカから市場へ行こうと誘われた。振り返ると、キールはうとうとしている。キールが特訓の後、宿を抜け出している事は知っていた。明け方に戻ってきて、出発間際までうとうとしている。もしかしたら、弟のアキムに会いに行っているのかもしれない。
「イリーナはその犬がいないと、どこにも行かれないの?」
「そんな事ないわ。お昼までに戻ってこられる?」
疲れているキールを起こすのは申し訳なくて、迷った。
「じゃあ、犬を置いて二人で行こうよ。今日はお昼まで出発しないみたいだから」
迷っていると、手を引かれた。ルカが遠くへは行かないと言ったので、キールに何も言わずに出てきてしまった。




