<イリーナ>
私はルカに気づかれたことで気が動転してしまい、教会にすぐには入れず、入口とは反対の建物の影に入った所で、腰が抜けてへたり込んでしまった。
キールは私の腕から飛び降りると、草叢に飛び込んで何処かに行ってしまった。
ルカはどう出るだろう、そのことが気がかりだった。この間までの優しい眼差しではなく、恐ろしいものを見るような目で見られた事もショックだった。私は人間ではなく、忌み嫌われる魔物なのだと、否応無しに知らされる眼差し。お母様も、石が見つかるまで、地下に一度も訪ねてきてくれなかった。キールだけが、小さい頃から変わらない態度で接してくれる。
しばらくすると、人に戻るために服を探しに行っていたキールが戻ってきて、幼い子にする様に膝に抱き上げ、背を撫でてくれた。キールだけは変わらない。それだけが救いだった。そして、はっきり自覚した。キールがいないと人として生きていけない、と。
「また、人を襲ってしまったわ……フリードマンは悪い人じゃ無かったのに……」
夕方まで話をしていた人を殺めてしまった。コントロールできていれば、殺さずに済んだはずだった。目に焼き付いてしまった、自分に向けられた眼差しは「化け物」への蔑みと、到底受け入れられない異物への恐怖と排除をありありと浮かべていた。
私は人を傷つけたくないのに、人として人のそばで暮らして行きたいのに、魔物は人から受け入れられない事を嫌と言うほど思い知らされる。自分が人にとって脅威であることも。
「私が意識を失ってしまったせいだな、悪かった……」
「キールのせいじゃない。キールに何かあったら、誰も私を止められる人がいないのが、怖いの。それに、フリードマンとルカの目。あんな目で人から見られるのは嫌。明日になったら、ルカは二人に言ってしまうかもしれない」
「ルカが二人に話してしまうようなら、石は諦めて国に帰ろう。二人を振り切って逃げることくらい、何でも無い。だから安心していい。訓練もうまく行き始めている。もっと訓練をすればいい。それに、私が側にいる」
でも、もう一つの石がない状態のままで、さっきのようにキールに何かあったら、誰も私を止められる人はいない、そう考えると、怖くて堪らなかった。
「……もっと訓練をして、二度と人は襲わない」
「大丈夫、きっと出来るようになる」
「でも、さっきみたいに……」
雲が細い三日月を隠し、辺りは真っ暗になった。私は恐怖で身を震わせと同時に、闇に包まれたことに安堵している自分に気がついた。私は闇の生き物なのだ。
「小さいと警戒されないが、すぐにやられてしまうな。次は気をつけるよ。イリーナ、たとえ石が一つでも、訓練すればきっと出来る様になる。自分で自分を信じなきゃ」
キールにそっと抱き寄せられた。キールの心音が私の心音と重なる。聞き慣れたその音に、縋り付く様に目を閉じた。キールの側以外に安心できる場所はなかった。もし戻れたとしても、私にとって城はもう安心できる場所ではなくなっているかもしれない。そう思うと、気分が沈んだ。
翌朝、アーダムがあたり一帯を探したようだが、フリードマンは見つからなかった。キールが服を探しに行った時に、始末したのかもしれない。ルカは、アーダムにもグスターフにも昨日見たことを話していない様だった。
でも、いつ話してしまうか分からない。ルカと目を合わせるのが怖くて、その日は目を合わせられなかった。ルカの方からも話しかけてこなかった。
グスターフが溜息の様に言った。
「フリードマンは結構勝手だから、一人で先にいっちまったのかもしれないな。もしかしたら、この辺りに生家があるのかもしれないしな。さてと、どうやら、お姫さんはお尋ね者のようだから、俺たちは、追手がかかる前に出発するぞ。オルロフ王国の正規軍に囲まれても逃げられないが、暗殺者に狙われたら、絶対に逃げきれないぞ」




