<ルカ>
夜中にふっと目が覚めた。フリードマンが、イリーナの寝ている部屋を覗いてから外に出た事に気がついた。寝起きで暫くぼーっとしていたが、フリードマンがイリーナに手を出すつもりかもしれないと俄かに心配になって、起き上がった。
ランプに火を入れて外に出ると細い三日月のせいか、闇夜に近い。離れた場所で、イリーナと見られる少女が宙に浮いている。その背に真っ黒な、何かが動いている。翼の様に見えた。
フリードマンだと思われる背の高い男が跳躍して触れると、少女は翼を失いフリードマンの腕の中に落ちた。再び、イリーナは抱き上げられたまま、その背に翼を広げた。
不意に二人が草叢に消えた。ショックだった。いつの間に、イリーナはフリードマンと……。我慢できずに、イリーナの名を呼んでしまった。
そして、その時に見てしまった。風が草叢をそよがせた瞬間、イリーナのいた所で闇を固めたような魔物がフリードマンに鉤爪を振るっている所を。
イリーナが一人で仔犬を抱えて、草叢から出て来た。
「……イリーナ、こんな夜中に、どうしたの?」
「キールをトイレに連れていったの。教会の中では不敬でしょ?」
イリーナのスカートの裾に赤黒い水玉がついていた。
「スカート、汚れているよ」
イリーナは慌てて裾を見た。何か言い訳をしようとするイリーナを遮った。
「さっき、フリードマンを誘い込んで殺した?」
「ルカ? 私に言っているの? 私が素手でフリードマンを? どうやって?」
思いだした。地下牢には魔物がいると言う噂があった事を。イリーナが地下にいた事と、彼女の婚約者が言った言葉を信じて、祖母の形見をなくした罰として彼女が地下に閉じこもっているのだと思ってしまっていた。
聞いた途端に、殺されるかもしれないと思いつつも聞かずにはいられなかった。
「イリーナは魔物なんだよね? だから地下にいたんだよね? やたらに『石を返して』と言っていたのは魔物の力を打ち消すのに指輪が必要だったんじゃない? だから、指輪を渡した直後から、地下から出ることが出来たんだ。違う?」
イリーナが魔物……。見なければよかった、と言う気持ちと、早く気がついてよかったと言う気持ちと。イリーナがもし、さっきの魔物だったら、イリーナは何度も僕を襲う機会があったはず。そうしなかったと言うことは、何か理由があるのだろうか。例えば、僕のことを……? そうだとしても、今は嬉しいのか嬉しくないのか、わからない。
フリードマンは、きっと、もう死んでいる。婚約者はイリーナが、魔物だと最初から知っていた。指輪を渡すまでは、毎週昼間、そして指輪を渡してからは毎晩、地下牢にイリーナを訪れていた。夜になればイリーナは指輪がないと魔物になるんだ。
けれど、黒い翼を生やしたイリーナは、天使よりも清らかに見え、それでいて妖しく美しかった。恐ろしいけれど、近寄って触れてみたい誘惑に駆られる。きっと、前任者の門番たちは、蛾が明かりに吸い寄せられるように、殺されに行ってしまったのだろう。僕は指輪があったから、彼女が魔物だと気が付かなかったんだ……。
「ルカ、そう思うなら早く石を返して。これ以上、誰にも迷惑をかけたくないの」
イリーナが一歩前に出た。思わず後ろに下がった。彼女は悲しそうな顔をして、横を通り抜けて行った。しばらく動けなかった。




