<イリーナ>
一行はゲストルク国に向かう事に決めたようだった。国境を越えるまでは、遠回りでも街道を離れ、森の中を行く。
翌日は、打ち捨てられた修道院の中で眠る事になった。
私とキールは今日も四人が寝静まった後、そっと外に出た。細い三日月が出ていた。
小さい頃、キールと満月の晩に、城を抜け出し妖精を探しに森の中を歩いた事があった。それは、何十年も昔の様な気がしたけれど、あれから、まだ数年しか経っていないなんて……。
「キール、あの時、妖精は見つからなかったのよね?」
「妖精はいたよ。覚えていないのかな?」
キールが笑っている。探しに行った記憶はあったけれど、結末を覚えていなかった。キールが私に腕を回した。
「ここに」
昨日のキールとの口付けを思い出してしまい、唇から目を逸らすと、今度はキールの金色の瞳に吸い込まれそうになった。
じっと見つめたせいか、珍しく赤くなって俯いた彫刻の様なキールの横顔を、三日月の弱い光が微かに照らした。私たちはお互いに暗い中でも、よく見える。きっと、私の赤い顔もキールには見えているに違いない。
「私が妖精なら、キールはなあに?」
誤魔化すように尋ねると、キールは鼻の頭をかきながら、答えた。
「赤ずきんに出てくる、狼かな? 狼はいつも悪者で悲しいね。こんなに優しい狼もいるのに……」
「キールが優しいと言うなら、指揮官はみんな砂糖菓子みたいに甘いんでしょうね」
私の言葉が刺さったのか、三日月の晩のせいなのか、昨日と違って、スパルタ式特訓ではないようで、正直ほっとした。
キールはこまめに休憩をとってくれた。何度か失敗して魔物になってしまったが、人型のまま天使のように翼だけを出すことが出来る様になった。
天使と違い、鴉のような真っ黒な羽。羽を残したままなら、人型に戻るよりも簡単だった。そして、そのまま飛ぶことも出来た。
「闇色の翼を持つ天使だね」
「出来の悪い堕天使だと言いたいんでしょう? キールは飛べないものね。捕まえられる物なら、捕まえてみて!」
背の高いキールの倍の高さに飛び上がると、キールは軽く助走をつけて人型のまま跳躍した。踵に指先が触れた。途端に、翼を失って落下するところをしっかりと抱きとめられた。
「まだまだ、危なっかしいね。このまま羽を出せるかな?」
うまく羽だけを出す事ができた私は得意満面で思わず、キールの首に手を回し顔を近づけた。不意に、キールが仔狼に戻った為、草叢に落ちてしまった。
修道院の入り口に人影が見えた。慌てて、羽をしまおうとしたが、焦ってうまく行かない。人影が私に向かって歩き出した。草叢の中、キールが前脚で私に触れた。
「今のは、何だ?」
フリードマンが目の前に立ちはだかった。




