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<キール>

 イリーナは今、私を必要としている。そして、私はイリーナを国に連れ戻さなければならない。

この二つが相反しない限り、私はイリーナの側にいて、彼女を助けることが最大の任務。そう、任務だ。そして、イリーナが国に戻る事を拒否した時には、アキムの言う通り、決断しなければならない事は、分かっている。そこに、恋愛感情を持ち込む事は、愚かだと分かっていても……。切り捨てられないものは仕方がない。


 ルカと口付けをしたと聞いて、思わず嫉妬から唇を奪ってしまった。口付けてみて、改めて他の令嬢とはまるで違っている事に気づいた。唇を押し当てるだけの口付けだったにも関わらず、甘い陶酔感に全身を覆われ、一瞬我を忘れた。


イヴァンの言う通り、やはり人狼は魔物の虜になってしまうのか……。それとも、魔物は全てのものを虜にするのか、知りたい様な知りたくない様な気がしたが、すぐに正気に戻った。


彼女のためにも訓練を始めなければと、冷静になった所へ、イリーナの方から口付けを返された。甘い感情に押し流されそうになる心を立て直し、イリーナをそっと離した。こんな状況で、するべき事では無かった。甘い事を考えている場合ではない。一刻の猶予も許されない。私はイリーナを引き離し、腕の中から解放した。


「兄様?」


「みんなが寝静まったら訓練を始めよう」


四人が寝静まるまで、イリーナは目を閉じて私に凭れていた。そうしていると、眠ってしまいそうなほど、心が落ち着いた。



 四人が寝静まってからイリーナを窓から外に連れ出し、訓練を始めた。新月の晩で、あたりは星あかりだけ。訓練にはもってこいの晩だった。二人とも、夜目が効くのだ。指輪を嵌めたまま、感情の揺れではなく、自分の思う儘に魔物に変化できる様にそして、自分で戻ることが出来る様に。


「初めのうちは感情を利用して、魔物になればいい。そのうち感覚が掴めるかもしれない」


指輪を付けたままでも、感情の揺れを利用して何度か魔物になる事は出来ても、彼女は私が触れるまで元に戻れず、がっくりと地面に膝をついた。


「兄様、もう立っていられない……。明日では駄目?」


自然と甘える様な口調のイリーナに、全く甘さの無い声で答えた。イヴァン様の訓練が厳しかったおかげで、思うままに能力を操れるようになった。イリーナにも早く能力を操れるようになってほしかった。


「兄様と呼んでいるから、甘えた気持ちになるんじゃないかな? 婚約もしたことだし、名前で呼んで欲しいな。兄様とよばれると、自然と気持ちが甘くなってしまうからね」


半ベソをかく彼女を叱咤激励しつつ、慰めつつ訓練を続けさせた。二度と人を襲いたくないイリーナも、必死で訓練を続けた。そのおかげで、夜明け前までには、私が触れなくても、漆黒の羽だけを残して人の姿に戻ることが一度だけ出来た。


「兄様……キール、少しだけでいいから、休ませて……」


「あと少しで、夜が明けてしまう。そうしたら、今日の訓練は終わりにしよう」


感情をコントロールするには、相当精神力を使う為、体力の消耗が大きかった様だ。


「……キールが鬼隊長と言われるのがよく分かったわ……」


やり過ぎてしまった事に気づいた時には、イリーナは涙目になり、崩れ落ちるように外で眠ってしまった。急いで服を着せ、部屋に運んだ。


イリーナはよほど疲れたのか、眠り姫さながらに眠り続けた。近衛隊の連中と同じ調子で訓練しては駄目だと痛感した。能力を操る事は大事だが、できる様になる前に、これではイリーナが壊れてしまう……。

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