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<イリーナ>

 兄様が飛び出して行ってから、ルカが台所から夕食を運んで来た。お腹が空いているとは言え、パサパサに乾いて固くなった干物のようなパンと、干してある固い肉を見ても、あまり食欲がわかない。匂いを嗅いでみると、古いのかカビ臭かった。


「イリーナ、食べないの?」


「食欲がわかないの」


「イリーナにとって、これは美味しくないのかもしれないけれど、食べないと体が弱ってしまうよ。石はちゃんと返すし、王の所には連れて行かせないから、安心して」


「石を早く返して。あれはとても大事な物なの」


「石はちゃんと返す。安全な場所に置いてあるから、安心して」


ルカは私の隣に座って、手を握った。


「王の所には連れて行かせない。石はちゃんと返すから、どこにも行かないで。僕のそばにいて……イリーナのことが好きなんだ。一緒に暮らそう」


ルカに抱きしめられた。どうすればいいのか分からなかった。ルカはなんだか寂しそうだった。振り払ったら、傷付いてしまうかもしれない。好きだと言われても、もうあまり嬉しくなかった。ルカに抱きしめられても安心できない。それどころか不安になる。

兄様、早く戻ってきて……。そんな願いばかりが、心に浮かぶ。振り払おうか迷っているうちに、顔に手を添えられ、ルカの綺麗な顔が近づいて来た。


 扉をカリカリと引っ掻く音と、唸り声で我に返った。扉を開けようと勢いよく立ち上がる。


「イリーナ、開けないで!」


ルカが立ち上がった私の手を掴んで引き寄せた。急に手を引かれた為、よろけてしまいルカに抱きとめられた。

扉が開いた。私たちを見て、フリードマンが肩をすくめたのが目に入った。


「犬が開けてくれって言うからさ」


私は咄嗟に扉の入り口に佇む兄様を見た。兄様は私から顔を背けた。


「ち、違うの! よろけてしまっただけなの」


「ルカ。俺は構わないけどよ、グスターフが見たらなんと言うかね。どう足掻いても、お姫さんは王の所に連れて行くんだから、お別れする事になる。辛くなるのはお前だぜ?」


私はルカの手を振り解いて、兄様に駆け寄った。抱き上げるとジタバタと暴れた。だが、仔犬ほどの大きさでは、私の腕からは逃れることは出来ないし、あまり暴れると私に引っ掻き傷でも出来てしまうと思ったのか、不意に大人しくなった。

 ルカが黙って部屋から出て行った。


 部屋には私と兄様だけが取り残された。私が手を離すと、兄様は私から離れて、床近くまである窓にかけてあるカーテンの下に入り、何かゴソゴソと動いている。人が入って来ないように、部屋の鍵をかけ、兄様の近くに寄る。

カーテンが膨らんで人の形になり、服を着た兄様が出てきた。兄様は私から顔を背ける様に、窓の外を見ながら話し始めた。


「フェオドラ様は依然として、昏睡状態だと言われている。誰も会えないから、はっきりした容体はわからない。何故、ルカと一緒に城から逃げたんだ? あの状況では、イリーナはルカの暗殺を手伝ったと言われても仕方がない」


お母様がまだ昏睡状態? 薬は? 私が犯人の一味?


「薬を渡せなかったの? 確かに、城から逃げたけれど、それは血の匂いで魔物になってしまうことが抑えられなかったから、姿を見られる事を避けた結果なのに……」


「イリーナ、静かに。声を落として。薬は渡したのだが、その後、誰も登城できなんだ……。私はイリーナを信じているよ」


「嘘よ! 兄様は私を疑っているんだわ!」


兄様が落ち着かせるように、私を抱きしめた。兄様が触れていないと、きっと私は魔物になってしまっていた。抱きしめられていても、体の中の血液が荒れ狂っているのがわかる。兄様が宥めるように背を撫でてくれている。こんな時なのに、兄様の体温がまるで鎮静作用を持つ薬のように身体中に浸透していくのを感じ、気持ちが解れていく。


「フェオドラ様の生死については、それ以上誰もわからない。城に潜入して探るしかない」


「……嘘よ……」


「残念ながら、嘘じゃない。グスターフもきっと同じ報告をするだろう。イリーナ……」


「兄様が側にいてくれれば、こんな事にならなかったのに! 何で一週間も……」


不意に兄様から口付けられた。体の中で猛り狂っていたマグマが静まった。マグマとは別の熱い何かが体の中を駆け巡った。


「私が留守にしなかったら、……ルカとキスをしなかった?」


私は兄様の腕の中で身を硬くした。何を答えていいのか分からなかった。いつもは穏やかに見える金色の瞳が、私の気持ちの片鱗を探す為に至近距離で狂おしい程に見つめてくる。


「何故、それを?」


「ソフィアが『イリーナは女王が決めた婚約者を裏切った。それは国を裏切る背徳行為だ』と吹聴しているとアキムが教えてくれたついでに、教えてくれた」


「突然だったので、驚いてしまって……」


「抱きしめられた手の中から逃げようとしなかったと、聞いたが」


「ルカに抱きつかれたから、逃れようとしたけれど、振り解けなかった」


「振り解こうとした?」


兄様は私を解放しようとはしなかった。


「……兄様の腕の中が一番安心出来ると、やっと分かったの。だから、側にいて」


「……それは次期女王としての、命令?」


「……お願いよ……兄様がいないと、どうしたらいいのか、分からない」


兄様はハッとして私を離し、下を向いた。


「……イリーナ、ルカは最初からフェオドラ様を狙っていたのかもしれない。父親のボリスと同じように」


「そんな……。そういえば、ルカは逃げている途中で父の復讐だと言ったわ。私の目の前で、お母様を……あの天使のようなルカが」


「イリーナ、今夜はもう、その名前を口にしないでくれ……」


兄様は顔を背けた。兄様にぎゅっとしがみつき、私の方から口付けた。そうしなければ、私は呼び込んでしまった厄災の重みに、潰されてしまっていたかもしれない。


翌朝、何事もなかったかのように、キールは仔狼に戻り、静かに見守るように私の側にいる。私は疲れ果てて、朝食もとらずに、ぐったりと横になっていた。ルカが心配して、見にきた様だったが、私は昼まで眠り続けた。

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