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<イリーナ>

 私はルカと三人の目を逃れて、奥の部屋へ行った。こんな森の奥では、一人で逃げられないだろうと思っているのか、家の中では自由に歩き回れる。あてがわれた部屋の扉を閉めた。薄汚れたレンガでできた埃っぽい部屋の中には私と兄様しかいない。


「キール……私、もう帰りたい……地下でずっと過ごす事になってもいい」


兄様がいると、つい気が緩んで弱音が出てしまう。弱音を漏らすと涙が込み上げてきてしまった。兄様は仔狼のまま、隣に座り手を舐めて慰めてくれた。狼の姿の時はどうしても行動が狼の様になっている。


「少し疲れているのかもしれないね。見ていてあげるから、少しお休み」


ぬいぐるみの様に愛らしい姿の兄様に言われると、自分が見守る方ではないかと一瞬錯覚して、そう思ったことがおかしくて笑ってしまった。私が兄様を守るなんて……。


「その姿なら、私がキールを守らなくてはいけない気がしてきてしまうわ」


「何かあれば、いつでも元の大きさにも人型にも戻れるから、安心していいよ」


兄様はいつも優しい。


「ねぇ、何故、この集落には人がいなの?」


「去年、ゲストルク国が飢饉になった時に、村人たちは年貢を払えずオルロフ国に逃げ込んだ為、人がいないんだよ」


「何故、我が国に逃げ込んで来たの?」


「トロフィム王は飢饉でも構わず、年貢を同じように取り立てる。乏しい収穫物を根こそぎ持っていかれては、暮らしていけない。払えなければ、一家から一人差し出すように言われたりもするようだ」


「我が国はどうなの?」


「飢饉の時は年貢の率を下げる。昔から変わらない。だから、それを知っている農民たちは逃げ込んで来るんだ。逃げ込んで来た農民には、無料で開拓地を与える。我が国は、長年戦を避けている為、農民たちも安心して作物を育てることが出来る」



 硬い木のベッドに敷かれた藁、硬くてカビ臭くて重い毛布。地下牢と呼んでいた地下の部屋の方がずっとましだった。地下牢とは名ばかりの、快適な部屋。

三人組から渡された服は、色も灰色で生地も硬くてゴワゴワして、あまり温かくなく重かった。自分が恵まれた境遇にいた事に、改めて気がついた。

それでも、仔狼の兄様を抱きしめて、その毛に顔を埋めているうちに、安心して眠りの中に落ちていった。



 腕の中から、何かを引っ張られる感覚で目が覚めた。口の周りに髭を蓄えた男が、私の腕から兄様を引っ張り出そうとしていた。


「やめて! 何をしているの?!」


「これは犬じゃねぇ。狼の子供じゃないか。こんなのを連れていたら、そのうち親が連れ戻しに来る。外に放り出してくるから、離すんだ!」


兄様は犬のふりを続けようと決めたのか、引っ張られて痛いのか、ワンワンと鳴いた。


「嫌よ! 狼はこんな風に鳴かないわ。狼に似ている犬もいるでしょう?」


思わず涙目になると、髭の男は手を離した。


「それに、狼は人には懐かない。最初から、この子は私のところに飛んで来た。だから、犬に間違いないわ」


髭の男はしばらく疑わしそうに、兄様を見ていた。兄様が尻尾を後ろ脚の間に入れ、クーンクーンと鳴きながら、私の後ろに隠れたのを見て、納得したようだった。


「可哀想に、こんなに怯えて……」


私はわざとらしく、髭の男に見せるように兄様を抱き上げ、小さな背中に頬擦りをした。兄様は何故かふるふると震えた。

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